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連載開始5周年特別企画『組織を見つめるトップの視座』成城大学 学長インタビュー(後編)

前回より、「学校の改革・活性化」の実践紹介ブログ『学校の組織開発物語』の連載開始5周年特別企画として、『組織を見つめるトップの視座』をお届けしています。成城大学 学長の杉本義行先生先生へのインタビュー前編では、学長選出の背景や副学長3名体制の構築についてお伺いしました。今回の後編では大学統治への悩み、インナーブランディングへの課題についてお聞かせいただきました。


※杉本先生が副学長時のインタビュー記事(2021年6月公開)こちらからご覧いただけます⇒https://odlabo.wixsite.com/lv-od/post/sj01-01





――全学と学部の位置づけや関係に課題を感じてらっしゃるんですね。


杉本学長 良し悪しと申しますか…民間企業出身の方からみると、会社組織と大学とのあまりの違いに「ガバナンスは一体どうなっているのか?」とおっしゃるのですが、大学にはもともと共同体で成り立ってきたという歴史があり、そこから抜け出せないところもあると思います。さまざまな意見集約をしたうえで意思決定する手間のかかるやり方か、企業的にトップダウンで効率的に物事を進めていくか、どちらにするかという話になると歪(ひずみ)が出てくると思うので、両者のやり方をうまく取り入れられるといいのですが。



――トップと周辺の方だけで「これがいい」と決めて学部に下ろしても、学部の反対を受けて進まないということもありますからね。


杉本学長 そうです、おっしゃる通りです。



――とはいえ共同体ですので、学部と喧嘩しても生産的じゃないですしね。


杉本学長 まさに多様性における意思決定、合意形成というか…。



――非常に難しいことではあるでしょうが、どのように工夫されていますか?


杉本学長 もちろん、対話しながら合意できるところはないかを探しますよね。ですから、一歩も引かないというのでは困っちゃいますよね。平田オリザ氏(芸術文化観光専門職大学 学長・劇作家/演出家)の『みんなちがって、たいへんだ』という言葉の通りです。『みんな違ってみんないい』は理想ですが、それで物事を決めるのは大変です。



――学長就任から1年間半の困ったことを思い出しながらおっしゃっている?(笑)


杉本学長 進行中のことです(笑)



――そういうときは学部に出向いて直接コミュニケーションとるんですか?


杉本学長 もちろん、4学部長に集まっていただいて話をするということもあります。



――学部長はその場では納得しても、学部に持ち帰るとうまくいかない、ということも往々にしてありますよね。


杉本学長 「僕はいいけど教授会はどう言うかわからない」と言われたりします。実際、私も学部長の時はそう言っていましたから…(笑)。話が横に逸れますが、本学では学部の構成員が学部長を選ぶのですが、学長が任命する大学もありますよね。学長、学部長と同じ名前で呼ばれていても、選考方法によって役職の持つ権限や意思決定メカニズムの違いがやっとわかってきたような気がします。こんな愚痴のようなことばかりでいいですか?(笑)



――いえいえ(笑)決して愚痴とは思いません。ガバナンスの話は重要だと思います。


杉本学長 結局大切なのは、誰の利益を考えるのかということ。そこがぶれてしまうとまずい。例えばどんな職場でも、人手不足で、という話があります。うちも十年前と比べると契約の方が多くなるなど人員構成がかなり変わってきていて、働き方改革もあります。そういう状況のなかで、「これまでのようにはできません」という話になってくることがあります。では、どうするかを考える際に、「学生にとって、それでいいのだろうか?」というところに立ち戻らねば、という思いはあります。



――「誰のために」の議論が噛み合わないことを経験しておられるようですね。


杉本学長 確かに人が足りないので大変という問題はあり、無理なことはいえないですが、最上位の目標は共有して、その中でできることをやるという思考法は必要ですよね。

私は2021年10月に、次年度からの学長就任が決まった時、創設者の澤柳政太郎先生の精神に触れるためにために、膨大な著作集を基に研究者がまとめた文献を読んだのです。すると、研究者の文献に必ず出てくるのが「児童中心主義」という言葉です。成城はドルトン・プラン教育を実践していると言われているのですが、原典にあたってみると柳澤先生は「ドルトン・プラン教育と私のやっていることは非常に似ているが、私の教育はあえていうなら『児童中心主義』だ」と言っているんですね。これはまさに、学習者中心のことではないか、と思いました。その点をもっと強調しようと思い、学習者中心の大学であることを、オープンキャンパスや保護者会など折に触れて強調するようにしています。それが成城のよって立つべき価値観、バリューですね。


※ドルトン・プラン教育=1920年代のアメリカで誕生した教育家ヘレン・パーカーストにより行われた『自由』と『協働』を旨とする教育指導法



――そういうところにたどり着くと、これをやっていこうという裏付けや自信になりますよね。


杉本学長 そうですね。個性尊重や学習者中心といった考え方は、昔から本学園で重視されてきたものだったのだと。



――それが成城さんらしさにつながり、ひいてはブランディングにつながっていくんでしょうね。もともとやっていたことに立ち戻って今の自分たちを振り返ってみようとされているんだなと感じます。個性尊重、学習者中心が今につながっていて、学園の価値観に基づいて進んでいこうとされているんですね。


杉本学長 そのように思います。ブランディングという言葉で思い出したのが、THE世界大学ランキング日本版のことです。ベネッセさんに来てもらって細かいデータを見せてもらったところ、高校の先生からの評価の項目が思ったほど良くないことがわかったのです。



――印象がないということでしょうか?


杉本学長 「何校か大学名を挙げてください」という質問の回答に期待したほど本学が入ってこないというのは、問題だと考えます。例えば、そういう時に名前が出てくるのは「ゼミの武蔵」というタグラインで有名な武蔵大学さんですが、実は建学の精神が、ゼミ活動に直結しているんですよというストーリーになっています。私は、本学にもそういうキャッチーなタグラインが必要だと思っています。今は折に触れて「個性尊重の成城」と言っていますが、大学の入り口と出口の取り組みをこのタグラインに関連づけ、一貫したストーリーにするのが大きな課題です。



――大学をどうブランディングしていくかですね。3年間の任期はあと1年半ありますが、今後やっていきたいことはどんなことですか?


杉本学長 2024年度からの次期中期計画の目玉になっているのは大学の新校舎建設です。9号館のとなりに新10号館をつくることになっていますが、どのようなコンセプトにするかを早急に大学の中で検討しているところです。また、データサイエンス教育も2015年度から全学共通教育に科目群を立ち上げ、割と早くから取り組んできたので、学部学科を立ち上げるほどではないにしても、それも含めたテーマで、たとえば学部等連係課程などによる学位プログラムをつくるなどの対応が必要だと考えています。



――人や組織に着目してやっていきたいことはありませんか?


杉本学長 職員数が少ないとか、人員が補充されていても正規雇用ではないといった課題もあります。先ほどもふれましたが、今までやってきたことができないという声も出ています。今は教育でもDXを学んだり教えたりしているので、仕事面でも書類に向かっている時間をできるだけ人に向かう時間にふり向けたいと思っています。つまり、人員を少なくする合理化ではなく、置き換えられる部分はChatGPTにやってもらって、生み出した時間を学生対応等に費やせるようにしたいと考えます。



――先ほどいわれた学習者中心主義のところにつながる話ですよね。「学習者中心」のキーワードを浸透させ、実行するために、杉本学長から教職員のみなさんへ働きかけていることはありますか?


杉本学長 言い続けることがインナーブランディングになるのではと思っています。新任研修においても「本学は学習者中心ですから」と繰り返し言っています。各センター長や部局長、学部長が集まる部局長会議でも、来年度の新入生へのガイダンスについて話し合った際に、コストやマンパワーをかけずにすむオンラインがやりやすいという声が出ましたが、それだけでいいのか、なぜ学習者中心が大事なのかということを問い続けています。



――一人ひとりに考えてもらえるように、折に触れて意識してもらい、内側から変わっていこうということですね。そういう意味では貴学を特長づけているピアサポート活動も「学習者中心」を表す取り組みですよね。


杉本学長 学生による学習支援団体「ピアサポーター」の取り組みは2017年度から始まり、今も継続しています。サポートする職員にとってもそういう活動が始まったことで、教職員の結束を強くした面はあると思います。今もラーニングバリューさんにもお手伝いいただきながら、新入生向けの入学準備プログラムを継続しています。手前味噌のようですが、本学の学生は良い資質を持っています。そうはいっても、放っておいて自走させたらいいというわけではなく、学生に伴走しながらサポートする職員の存在は必要です。学生のことを見守る職員の体制をどうするか、考えなければならない問題だと感じています。


※肩書・掲載内容は取材当時(2023年10月)のものです。

 

杉本先生からお伺いした、大学のガバナンスの問題やブランディングの問題は、今やどの大学にとっても重要なテーマかと思います。生き残りをかけたテーマと言っても過言ではないかもしれません。しかしそれをどのように進めて行けばいいのでしょうか。どちらの問題も、正解のない、だから多様な意見が出て、なかなかまとまらない問題なのではないでしょうか。杉本先生と対話をさせていただいて、その問題を進めるにはトップがどのような哲学を持っているのか、それが何に裏付けられているのか、がとても大切な問題のように感じました。

私は杉本先生のお話に、説得力と自信を感じましたが、それは「学習者中心」と言う概念が、先生がもともと大切にされてきた考え方であり、さらに学園の歴史に裏付けられたものであったということを、先生が再発見されたからなのだと思いました。

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