成城大学は1950年に開設され、現在、4学部11学科からなる人文社会科学系の総合大学。政治・経済・芸術・マスコミなどさまざまな分野で活躍する多くの人材を輩出しています。同大学では、いち早く初年次教育の重要性に気づき、2000 年代半ばには1年次の基礎ゼミナールに、大学で学ぶ姿勢を身につけるためのWRD(Write=書く・Read=読む・Debate=議論する)を導入するなど、リベラルアーツを重視した教育の伝統を進化させておられます。2015年4月には教育の質保証及び教育改革の支援を図ることを目的として「教育イノベーションセンター」を設置し、教育改革に取り組んでおられます。今回の取材では、副学長で教育イノベーションセンター長でもある杉本義行先生に、近年、教育改革の一環として特に力を入れておられる「入学前教育」について、その背景やねらいについてお聞きしました。
――まずは杉本先生ご自身のことについてお聞かせください。先生の所属は経済学部ですよね。ご専門は?
杉本先生 私は農学部出身で、専門は農業経済学なんです。
――ということは元々は理科系だったのですね。ちなみに、農業経済を選んだ理由は何だったのでしょうか?
杉本先生 高校生の頃はそんな分野があることは知らなかったので、それを知ったのは大学入学後のことです。その頃は、アルビン・トフラーの「第三の波」や、ダニエル・ベルの「脱工業社会」といった、いわゆる「未来学」というものが流行りつつある時代でした。軸足は理系におきつつも社会問題を解決することに興味を持ち、人間の行動を一本の式で表す経済学の数学的な側面にある種の感動を覚えたのです。そこで、いろいろと調べるうちに農業経済学のことを知り、食の問題にも興味があったので、それを専門に選び、大学院に進みました。
――教員としてのキャリアは成城大学が最初ですか?
杉本先生 最初に勤めたのは千葉大学の園芸学部です。そこで13年ほど勤め、1996年10月に成城大学に来ました。約2年は非常勤で国際経済学などの科目を受け持ち、その後、農産物貿易や途上国の経済発展や環境の講義も担当しました。今は講義科目として食料・経済論を担当しています。
――授業以外の大学のさまざまな業務も経験されたんですよね?
杉本先生 経済学科主任、教務部長、経済学部長を務めましました。そして2015年に、学園の現理事長で当時の学長の油井雄二先生が「全学的な教育改革を支援する組織をつくる必要がある」と教育イノベーションセンターが設立され、そこからセンター長を務めています。
――油井学長からセンター長就任を依頼されたときは、どのように受け止められたのでしょうか?
杉本先生 いろいろとやってみたいこともあったので、チャレンジしてみようとお引き受けしました。
――杉本先生が当初イメージしていた“教育イノベーション”とはどんなものだったのでしょうか?
杉本先生 私の経験では、いまの教員の姿勢や教え方ではなかなか「学習者本位」にならないのではないか、そこを少しずつ変えていく必要があるんじゃないか、と感じていました。また、従来は「学部単位の教育」が行われてきましたが、内部質保証の考えによって全学的な観点が非常に大切だといわれるようになりましたよね。その点で当時本学は進んだ取り組みができているというわけでもありませんでした。具体的に何をすべきか考えてみると、まずアクティブ・ラーニングだとか、ある種の手法的なものを全学的にやっていく必要があるのではないかと思っていたのです。
――他大学でも、いわゆる教養教育の全学的な見直しや、学部を横串で刺すようなカリキュラムの導入が行われていますが、そういう取り組みが成城大学でもあったということでしょうか?
杉本先生 そうですね。社会イノベーション学部ができるときに、それまでは学部ごとに配置されていた教養科目を全学的にまとめて全学共通教育プログラムという、いまの初年次教育の骨組みにあたるものがつくられたんです。確か2006年頃だったと記憶しています。
――初年次教育学会ができたのが2006年ですが、貴学では初年次教育の骨組みがつくられていたなら、かなり取り掛かりが早いほうだったのではないでしょうか。
杉本先生 そうですね。成城大学では「Write=書く・Read=読む・Debate=議論する」の頭文字をとって「WRD(ワード)」と呼んでいますが、学部を問わず、どの学問分野においても必要となる基礎的な能力を習得するための科目を用意しました。これを立ち上げたのは現学長の戸部順一先生です。
――すでにカリキュラムの整備も始まっていたけれど、さらに全学的な視点で改革を進める中核的な役割を担うために教育イノベーションセンターが設立されたということですね。具体的にはセンターはどのようなことを担っているのですか?
杉本先生 活動内容の柱は5つあります。まずは①教育改革支援(全学及び各学部・研究科の教育改革に係る取組みの支援)。そして②なんでも相談窓口支援(気軽で自発的な学生の相談を受ける第一次的な受け皿としての役割を担う「なんでも相談窓口」の支援)。③FD・SD活動支援(授業及び研究指導の内容及び方法の改善等を図るための支援)。④IR活動支援(教学IR に係る蓄積したデータの分析、活用研究及び提供等の支援)。そして、⑤その他の業務支援(認証評価等への対応)です。
――今回のインタビューでお伺いしたいのは、2018年度から始まった入学前教育にあたる「スタートアップセミナー」にまつわることですが、これは教育改革支援に該当する内容になるのでしょうか。
杉本先生 そうです。教育改革支援の中のピアチューター活動支援に該当する活動となります。
――貴学ではそれ以前からも、入学前教育には取り組んでおられましたよね?
杉本先生 これまでの入学前教育は、AOや推薦、指定校による入学者をターゲットにした、いわゆるリメディアルを目的とするもので、基本は学部単位で行われていました。内容についても、各学部の学びをメインとしているような印象でした。
――それはそれで十分だけど、杉本先生としては、全学的な視点から、もう少し違うことも試してみたいとのお考えだったのでしょうか?
杉本先生 IR業務においてさまざまなアンケート調査を行っているのですが、新入生に「大学でどんなことをしたいか」と尋ねると、まずあがってくるのは「友達をつくりたい」で、「どんな力をつけたいか」の問いに対しては「コミュニケーション力」だと。いずれも多くの学生からの要望があるのです。また、入学前に抱く不安について調べた際も「友人関係」を気にしていることがわかりました。ですので、学長裁量経費の仕組みができたときに、入学前教育でそういうポイントに対応する内容のプログラムを試しにやってみようということになったのです。
――2018年度に弊社が依頼を受けて、入学前教育(入学準備プログラム)としてチームビルディングプログラムを実施させていただきましたが、その時は経済学部と文芸学部の一部の学科が参加されていたと記憶しています。全学生対象でなかったのには理由があるのでしょうか?
杉本先生 センター試験利用や一般入試の受験生は合格が決まるのが遅くなるため、入学前といっても、早期に合格が決まるAOや推薦、指定校といった入学経路に限定することになりました。また、すでに学部独自のプログラムを実施していたために、全学部に声がけはしたのですが、特に必要はないと判断された学部学科もありました。
――なるほど、全学的に実施したいが、そこにはいくつかのハードルがあり、全学一斉導入とはならなかったということですね。
実際、プログラムをご覧になっての感想を聞かせていただいてもいいでしょうか?
杉本先生 学生が積極的に参加して楽しそうにしていましたし、学生同士が学部によらずコミュニケーションをとることができたら理想的だと思っていたので、その目的は達成していると感じました。
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