初年次教育へのチームビルディングプログラムの導入、担任制の導入、新入生の学業・学生生活の相談窓口の設置と実習助手による積極的なフォローなど、ここまでの連載で神戸学院大学薬学部の教育改革について紹介してきました。入学後に「チームビルディングプログラム」から始まった学生生活、「同じ目標を持つ仲間とともに学ぶ」意識が浸透している環境をどう感じているのか。1年生のTくん(写真右)とFさん(写真左)に聞いてみました。
――神戸学院大薬学部を選んだ理由を聞かせてもらってもいいですか?
Tくん 両親が神戸学院大学薬学部出身で、母は薬剤師で父は製薬会社に勤務しています。進路を検討しているときに、親にここを勧められました。働く親の姿を見ていいなと思ったことと、大学に行くなら資格を取ったほうがいいかなと思って薬学部を志望しました。
Fさん 私は小さい頃からドラマを見て医療系職種への憧れがあり、薬剤師の資格があれば女性ならいい環境で働けるし、医学に関わることも学べるので、薬学部を選びました。
――入学直後の薬学部の雰囲気はどうでした?友達とかすぐにできましたか?
Tくん みんなほとんどしゃべらないし、友達なんて全然(できない)。最初に同級生と集まったのは健康診断でしたが、そのときも周りの人はみんな耳にイヤホンをさしてゲームしたりしてるんで全然話しかけられなくて…。気づけば一日のうちで声を発したのはコンビニだけで、これで学生生活は終わったな、と思いましたね。
Fさん 私は学籍番号の隣の女の子とちょっと話すようになって、今も仲がいいです。そこから友達の輪を広げることができました。
――入学して最初に2日間のチームビルディングプログラムを体験したと思うのですが、そのときのことでどんなことが印象に残っていますか?
Tくん その日は朝来て、頑張って話しかけて仲良くなった人もいたのに、「同じ教室にいる人で、しゃべったことのない知らない者同士で男女のグループをつくって」と言われて慌てたのを覚えています。最終的には一緒に組もうと声をかけてくれた積極的な男子と、男子4人・女子2人のグループをつくりました。
2日間でいろんなプログラムが用意されていたので、初見の人ともいやでも自然と話すようになりましたね。グループの人全員と1対1で話すとか、月で遭難したらどうするか話し合うとか、プログラムをこなすうちにいい感じでみんなと仲良くなれました。
――1対1で話すとか、話し合うとか、初対面の人と話すことへの抵抗感や難しさはありましたか?
Fさん 難しかったです。私のグループは女子4人・男子2人で、女子同士ではスムーズに話せたけれど、異性とは話しづらいところもありました。ですが、SA(Student Assistant/学生の質問に答えるなど授業・演習をサポートする上級生)が1人いてくれたおかげでグループワークをスムーズに進められたし、みんなと話すチャンスもできて良かったです。
――プログラムを受けた後は友達関係に変化がありましたか?朝、大学に来て「おはよう」といえる友達ができて、少しは不安も解消されたのでは?
Tくん それはありました。一緒に大学から帰ったり、お昼を食べたりできる人ができたのは大きかったですね。
Fさん 私も「私大でちゃらい人が多いんじゃないか」と不安に思っていたのですが、真面目な人が多いことがわかって安心できました。
――友達ができた以外に、プログラムを通して自分の気づきや学びになったことはありましたか?
Fさん 高校までは頭をつかってコミュニケーションをとるような体験をしたことがなかったので、人によっていろんな考え方があるんだなと勉強になりました。自分とは真逆の考え方の人もいて、違うけど、ああそうかそういう考え方もあるんだなと思いました。
Tくん 中高一貫校で友達をつくる作業が久しぶりだったし、新しい環境で自分がどう振る舞っていいかわからなかったので、こういうプログラムがあって助かりました。他の人の価値観を知ることもできたし、どうやっていけば馴染めるかもわかったし。おかげでその後は初めて会う人との接し方もスムーズになり、顔見知りが増えていきました。
――同級生との相互理解も深まったみたいだし、チームビルディングの効果はあったといえそうですか?
Tくん 僕は最初につくったグループの人とは、いまはそれほど親しい関わりはないのですが、大学生活の最初の一歩としては良かったと思います。6年間を一人で過ごすのはきついから、グループワークでだれかと仲良くなって、友達が一人でもいれば大学での過ごし方は違ってくると思います。
Fさん お昼休みも一人で過ごすのはきついよね…。
Tくん 勉強するのも一人じゃすごく厳しいと思うんです。今も試験の情報なんかは、先生から聞いた情報を他のクラスにも回すとか、みんなで助け合ってなんとかなっているので。もし1人で勉強しないといけないなら精神的にもきついと思いますね。
Fさん 試験範囲が膨大なので、過去問とか、出題される箇所の情報が回ってこなければ絶対きついです。
――このプログラムがスタートしたのは2018年度からで、それ以降、徐々に留年が少なくなっているんです。おそらく、最初にうまく友達づくりができて、みんなで情報共有できるようになったことも影響しているのかもしれませんね。
Fさん チームビルディングプログラムでつくったグループが2つ集まってクラスをつくって、担任の先生がつきます。成績がよくない人は先生と面談をしていますし、留年しないようにしてくださっているのはすごいと思います。
Tくん ほとんどの授業を学年全員で受けるし、いろんな授業でグループワークがあるので顔見知りが増えるんです。最初はチームビルディングプログラムで作ったグループでやっていましたが、成績の差もあるので、授業によってはグループを組み替えて他の人とグループを作るようになりました。有機化学は成績順で均等になるように分けて、分子生物は学籍番号順で区切ってなど、授業ごとにいろんなグループがあるので、そこで新しい友達もできます。
――グループワークはどんな風にやっているんですか?
Fさん 教科書の範囲をグループの頭数で割って、手分けしてレポートを書いたり、自分が読んだ範囲をみんなに説明したり、予習したりしています。
Tくん チームビルディングプログラムをやったおかげで、メンバーがどういう人かわかっているし、レポートを書く時の意見すり合わせも少しはスムーズにできているんじゃないかと思います。
Fさん この人は論理的に考える人だとか、なんとなくわかっているので、そういう人の意見も取り入れると全然違う考え方ができて、レポート作成には役立ちますね。
――それぞれの個性を活かせるのでグループワークの授業は学生さんにとって有効ということになるのでしょうか?
Tくん それはグループによるかもしれません。みんなが自分の担当範囲のレポートを出さないと課題が完成しないのですが、ときには出さない人もいて喧嘩になるケースもあるので。
――お二人はグループワーク形式の授業と、先生の授業を聞いてノートを取る講義形式だと、どちらがいいですか?
Tくん 好みによるかもしれませんね。グループワークを取り入れる目的の1つは、グループ内のついていけないコを引っ張りあげるという趣旨もあるようなので、必要ない人には不満かも。人と話す必要がないから一人でやりたいという人もいるし、グループ形式だとできるコに質問しやすいという人もいるし、なんともいえません。
Fさん チームでやる方がわからないことを聞きあえるし、授業中に眠くはならないですよね。でも、グループ全員がわからない箇所がでてくるととたんに行き詰まってしまう。しかも教室内にグループがいっぱいあるけど、先生1人で全体を見て回れるわけじゃないので。そういうときにSAの先輩がいてくれると助かるんですよね。
Tくん 授業でたまに先輩が来てくれることがあるんですが、説明がすごくわかりやすくて助かりました。僕たちだけだと、わからないことをどれだけ話し合っても解決できないけど、先輩にちょっと教えてもらえるだけで理解度が全然違うんです。
Fさん 有機化学なんて大学と高校で学ぶことの難易度がすごく違っていて、「なにこれ!?」と思うようなものばっかり。先輩が来て噛み砕いて教えてくれると、少しは先に進めるようになるんですが。
Tさん 単語1つで詰まってしまうので、そこを教えてもらえるだけでも助かります。先輩も勉強が大変だろうからあまり欲はいえませんが、もっと来て欲しいです。
――先生方もSAをもっと活用して、勉強面で先輩が後輩をサポートする体制をつくろうとしているようです。その一環として、来年度の新入生をサポートするSAを募集していますが、お二人も先生からスカウトされて、SAをする予定なんですよね?SAの活動に期待していることはありますか?
Fさん 私は先輩や先生と関わる機会が増えそうだと思って、情報収集も兼ねてやってみようと思ってやってみることにしました。自分がSAの先輩に教えてもらったようなことを、下級生に教えられるのかなと不安はありますが、先輩や先生とのつながりができるのは楽しみにしています。
Tくん 確かに教えられるかという不安はあるけど、人と接する活動は嫌いではないので、後輩ともつながりができるのは楽しみです。
初年次教育とはアメリカから入ってきた言葉で、英語ではFIEと記される。これは「First -Year Experience(Educationではない)」の略であり、直訳すると「初年次体験」と言うことになるのであろう。
さて今回の新入生のインタビューで明らかになったのは、入学直後は、周囲にいるのが「イヤホンをさしてゲームをしたりしていて、話しかけられない同級生」であり、「気づけば1日のうちで声を発したのはコンビニだけ」と言う体験をした学生がいると言うことである。これは他の大学でも、決して少なくない新入生が体験していることだと思う。
神戸学院大学の薬学部の改革の特徴は、学生育成にチームビルディングの概念を取り入れ、チームビルディングプログラム(自己の探求)を導入するともに、担任制を引いてその際にできたチームを教員がメンテナンスする機会を作ったり、授業でもチームビルディングを活かした授業設計をしたり、SA制度を導入して学生間の縦の繋がりを積極的に作ったりしていることにあると思う。
今回の新入生のインタビューでは、それらの取り組みの成果が明らかになったのではないか。すなわち「担任が留年しないようにしてくださっている」とか、「いろんな授業でグループワークがあるので顔見知りが増える」とか、「チームのメンバーがどういう人かわかっているので、全然違う考え方ができてレポート作成に役立つ」とか、「SAの先輩の説明がすごく分かりやすくて助かりました」などなどの発言や体験である。
このような初年次の体験を生み出すためのエッセンスやヒントが、一連のインタビューで少しでも明らかになっていれば幸いである。
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