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学びの内発的動機づけを促すのは何か?【日本工業大学】連載1-2


日本工業大学ではFDの一環として、専門課程にもっとアクティブラーニング型授業を導入しようとする動きが生まれています。教育研究推進室長の神 雅彦先生(機械工学科 教授)は、大学独自のプログラムを開発するにあたって、フレッシュマンキャンプ(初年次教育)など、学内で導入実績のあるチームビルディングプログラムや体験学習のアプローチを活用して、授業を組み立てることを構想していました。学生が主体的に学びだす仕掛けや仕組みをつくることに、チームビルディングはどのように作用するのか?果たして工学教育にチームビルディングのアプローチは活かせるのか?「内発的動機づけ」と関連づけて、チームビルディングのアプローチの有効性について考えてみたいと思います。


――今回の取り組みの背景には「文科省が推進しているから」という側面はあるでしょうが、そもそも神先生が授業のアクティブラーニング化を進めたいと考えるようになったのはなぜですか。

神先生 工学部には実験・実習・演習系科目がいっぱいあり、それらは座学と両輪で大事なものです。私はここで20年以上工学教育を見てきましたが、以前の学生はもっと主体的に、楽しみながら実験・実習に取り組み、和気あいあいと教え合ったりしながら進めていたように思うんです。卒業研究も10人くらいで話し合う姿を見かけたものです。ところが、最近は実験でも座学のような雰囲気で、レポートも機械的に書いてくるだけになってきたのです。学生のほうも「とにかく答えを教えてほしい」と言ってきて、先生方もだんだん機械的に手取り足取り教えるようになっているように見えます。


――工学の魅力を体感できる場面なのに、学生が面白がって積極的に取り組むことが減っているということですね。いつごろからそう感じるようになったのですか?

神先生 10年くらい前からでしょうか。工学部では、理屈通りにならないものをつくっていく“ものづくりの感覚”のようなものが大事なんです。頭で考えるだけでなく、手を動かして実験しながら覚えていく体験的な学びの要素は大きいのです。なのに、手を動かして何かするのが不得手な人や実験が好きではない人が増えている。点を取るためにやっている、単位をとるためにやっている、レポート書くためにやっている、そんな学生が増えてきている気はしていました。


――そこにはどんな要因があると思われますか?

神先生 以前は、欧米の先進国の技術をキャッチアップするために均質的な人材を輩出していればよかったのですが、いまは先頭に立ってどちらの方向進むべきかを自分で編み出せる人材が必要とされています。つまり、アクティブラーニング的な考え方はこれからの工学教育のキーワードにもなっているわけです。それなのに学生は反対の方向にいるということをものすごく危惧しています。私は共同研究をたくさんやっているので、企業の方の話を聞くことも多いのですが、最近の工学部出身の新卒社員に対して同じ不安を感じておられます。そうなると、日本の工業力は落ちていくのだろうなという気もしますよね。それをなんとか取り戻さないとまずいのではないかと思います。


――ものづくりを志向しているはずの人が、自分で考えることや、自発的・自律的に頭と手を動かすことに前向きでないとしたら、心配ですね。

神先生 実験の授業というだけで、学生がアクティブにやっているんでしょうからアクティブラーニング、と分類されているような面もあって。しかし、実態は決してアクティブではありません。もうちょっと能動的に学生が取り組めるような仕組みをつくりたいと思って、専門科目の実験でグループワークを取り入れたアクティブラーニングの実践を考えるようになりました。


――そこで、弊社が貴学に提供している初年次教育のチームビルディングプログラムの構造を、専門科目に持ち込もうと思われたわけですね。

神先生 初年次教育で実施するプログラムには、グループワークの要素は含まれていますが、題材自体は大学の教育内容とは関わりのないものですよね。プログラムを体験した学生も、これは工学部の教育とは関係のないものだと切り離してとらえているでしょう。だから、グループワークの手法を取り込んで専門科目を教えられたらいいだろうと思ったのです。


――神先生がおっしゃる工学を学ぶ人への「動機づけ」の話に関連して、デシとライアンの「自己決定理論」のことが頭に浮かびました。自己決定理論によれば、人が内発的動機づけを促進させる根幹となるのは3つの基本欲求、「自律性」「有能性」「他者との関係性」であるとされています。

私は前職で営業職をしていたこともあって、「人というものは、目標を決めたらそちらに向かって走って行くものだから、目標を定めることこそが動機づけの源泉だ」と思っていたんです。ところが、「自己決定理論」によれば、目標設定は動機づけを促進させる基本欲求に入っていない。それを知ってびっくりするのと同時に面白いなと思ったんです。

先生方も、学生の学ぶ動機があまり見えないときに、なんとか動機づけようと学びの面白さを語って目標を定めさせたり、将来に関することを提示したりされることがあるのではないでしょうか。

神先生 そうですね。どちらかといえば先生は目標や人参をぶら下げがちですから。「私がきみたちにガミガミ言うのは、会社で仕事するときにこんな役に立つからだ。だからここまで達成しろ」なんて学生に言うように。


――いますでに目標がある人はいいんです。難しいのは、目標がない人。大学に来たかったわけじゃない人や、なんとなく工学部に入ったという人です。「自己決定理論」によれば、目標が定まれば学生は走っていくが、そもそも「目標を持ちたい」と思っていなければ、別のアプローチが必要になります。

弊社のチームビルディングプログラム「自己の探求」では、内発的動機づけを促進させる3つの欲求を意識した構造になっています。ファシリテーターがプログラムの進行を助けますが、学生に指示は出さず、あくまでもグループの答えは自分たちで決めるよう促します。他者との関係を深めるグループワークを繰り返し、仲間からプレゼントカードをもらって自分の有能感を感じることもできて。プログラムが終わった後、一時的にでも、何かをやってみよういう気持ちになるのはそういう構造があるからでしょう。

神先生 確かに、自分で決められたときの満足感や、自分のもっている知識を活かせることで感じる有能感を得られることは、学ぶ動機づけになりそうですね。

もう一つ気になっているのが、今の先生は手取り足取り教えるサービスをしすぎなんです。特にリモートでやるようになると、一生懸命テレビ講座をやるのがいい教え方だと思っている人が結構いますね。いかに学生自身にやらせるか、を意識すると、なるべく教えないほうがいいということになるのですが、そうすると手を抜いているように見えますし。トータルで何が教育に必要なのか考えさせられます。


――自己決定理論の3つの基本欲求のうち、特に重要だとされているのは「自律性」なんです。

神先生 それを育てるのが教育ということですね。


――「教える」ことはとても重要な事ですが、一方で相手の自律性を損なう場合もあります。学生のモチベーションを一生懸命高めようとして一生懸命教えたのが逆効果でした、なんてことになっているのかもしれませんね。

神先生 先生もスーパーマンではないので、一人でいろいろな視点で考えられるわけではありません。数人のチームで学び合いながらやっていくようなことができたらいいかもしれませんね。



※肩書・掲載内容は取材当時(2020年6月)のものです。

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