日本工業大学 基幹工学部では、アクティブラーニングの促進のために、チームビルディング・体験学習のアプローチを活用したプログラムを試験的に導入。電気電子通信工学科では2年次後期の必修科目「電気電子通信工学実験Ⅱ」で実施されました。伝統的な工学教育の枠組みが確立している中で、教えるべき量や質を損なわず、学生の自律性やモチベーションを引き出すアクテイブな学びの場を創造することは可能なのか?その課題に挑んだ同学科助教・大田健紘先生に、一連の取り組みを振り返りながら、工学教育においてチームで学ぶ意義や、今後の授業展開に向けて考えていることについて聞いてみました。
――今回の試みでアクティブラーニングにおいてチームビルディングが有効だと感じるようなことはありましたか?
大田先生 それは学生が自発的に動き出すようなことがあったか、という意味でしょうか?アクティブラーニングの定義がどうかということもあるかもしれませんが、実験で自発的に新しいものをつくろうとする動きが生まれるのが究極の成果になるのでしょうが、その前段階として、先ほども申し上げた、「自分たちで役割を決めて動けるようになる」という様子が少しは見えました。そういう意味で、アクティブラーニングにつながることができた、と考えてもいいのかなと思います。
――もっと学生が自発的に動けるようになるようになるには、先生方からどんな働きかけが考えられるのでしょうか?
大田先生 こちらからの課題の与え方を変えなければならないでしょうね。やりたい学生には挑戦できる課題を与え、それをサポートする体制を整えていかないと。サポートの形としては、実験室を開放するとか、そこに対応できるTA(ティーチングアシスタント)や教員を配置するということが考えられるでしょう。そこまでできれば自発的に学生が考えて動く仕組みができるんでしょうが、かなり調整も必要です。時間とお金がかかってくることですので「どこまで達成したいか」ですよね。
――TAの活用についてもう少し詳しくお聞かせください。TAは何年生が務めて、どんな体制で実験をサポートしているのでしょうか。
大田先生 TAは大学院生です。この学生と指名しているわけではなく、基本的には彼らが希望するテーマを選んで実験に入ってもらっています。実験は学生3人1グループで行いますが、1人のTAに10~20人ほどの学生を見てもらいます。
――TA教育のために、何かしていることはありますか?
大田先生 細かく指導はしてはいません。彼らも過去に同じ実験を受けて、内容は把握しているはずなので。とはいえ、学部の頃から時間が空いているので、事前に予備実験をやらせて、つまずきそうなところを確認してもらってから指導に役立ててもらっています。学生への教え方まではレクチャーしていません。
――いまは実験の準備はTAがしているのですか?
大田先生 そうです、基本的に実験室内の器材の設置はTAに手伝ってもらってやっています。
――素人考えですが、そういう役割に希望者を募って学生にやらせてみるのはいかがでしょうか?「TA予備軍として、もっと学びたい人は準備から実験に関わればもっと学べるよ」と投げかけてみるとか。
大田先生 なるほど、確かに。ただし、そういうところに学生を来させるにも仕掛けが必要になりそうです。結構彼らは損得勘定で動くので「それはお金がでるんですか、お金がでるなら来ます」と言うようなところもあります。
――私たちの経験ではチームビルディングが進んで学生同士の繋がりが強くなると、損得勘定を超えて、「この人とならなんでもやりたい」という人も出てくるんです。そこに、さらに負荷をかけると「しんどい」といいながらも頑張ります。しかし、チームビルディングが進んでない状況でそれをすると見返りを求める反応が出てくるようです。
大田先生 そういうところもあるかもしれませんね。
――アクティブラーニングにチームビルディングの要素を取り入れる試みを経て、今後の展開に何か活かしてみたいことは見つかりましたか?
大田先生 グループワーク系の科目に若干手を入れるのはいいのかもしれません。毎回違うグループをつくって実験を行い、刺激を与えてみてもいいかもしれません。
――ご自身が担当されている他の授業に取り入れてみたいアイデアなど、思いついたことはありますか?
大田先生 私が担当しているのはプログラミングの入門段階の科目なので、自由に課題を設定してつくらせるのは難しいですし、そこにアクティブラーニングやチームビルディングをどう活用できるかはわかりません。ただし、学生同士で教えあうことには意味があると思うので、彼らの連帯感というか、そういうものをプログラミングで活用できれば、教えあって伸びていけるのかもしれませんね。
――大田先生は工学教育におけるチームビルディングの必要性を感じていらっしゃいますか?
大田先生 チームでやることは大事で、それがもっとも明らかになるのが卒業研究。一見、一人でやっているように見えますが、ゼミで集まって他の人から意見をもらうのは非常に大事なことなんです。チームとしてうまくやっていけていたら、他の学生に意見を出して、その結果研究がよくなることもありますから。論文を書くにはたくさんの参考文献が必要になりますが、それは人の力を借りることでもあります。ですから、人の力を借りることの重要性は経験的には理解しています。
――他者の力を借りることの大切さを、自分なりに体得する人もいるけれど、そうでない人は孤独に研究に取り組むことになる、と。先生の目には、いまの学生の姿はどのように見えますか?
大田先生 うまくいっていない学生のほうが目立つし、自分も気にしてしまうので、そういう人が多いように感じてしまうのかもしれませんが。うまく人の力を使えていないと感じるケースが多いですね。自分がよければ問題ないので、あまり人に力を貸そうとしないような面も感じます。
――それは学生の気質の変化なのでしょうか?
大田先生 学生の気質は毎年同じではないですし、研究室によっても違うでしょうから答えづらいのですが。自分の研究室のことで言えば、昔の方が、友達と一緒にやろうという学生がいたような気がします。たまたま私のところに集まっているのかもしれませんが、他の人のことに関わろうとしない人は増えていると感じますね。
――少なくとも、先生の周辺ではそういう傾向が見てとれる、と。それは研究室の上下関係にも影響しているのでしょうか?
大田先生 先輩が後輩に「自分には質問をしないでくれ」と言ったこともあって。そういうのはちょっとどうだろう、と気になる出来事はありましたね。「もっと関わろうよ」と思いましたが。
――「自分がよければいい、他の人ことは気にしない・気にしたくない」というような学生が増えた気がするということは、みんなとやろうとか、チームでやろうという気運が下がっているのかもしれませんね。もう少しみんなでやる気運を高めるために、チームビルディングを効果的に活用するなら、いつごろどんなふうにプログラムを実施するのが効果的だと思いますか?
大田先生 大学に入ってすぐのタイミングか。あるいは、6月くらいで大学の様子が少しわかるようになってきた頃にやるのがいいんじゃないでしょうか。なるべく早いほうがいいと思います。
――そう思うのはなぜですか?
大田先生 早い段階で(人と何かに取り組む姿勢を)身につけてもらったほうが、後々効果があるでしょうし、実施時期が遅くなると「いままではこれでよかったのに、なぜここから変えないといけないのか」という思いがでてきそうだからです。最初から「(大学の学び方とは)こんなものだ」というのを植え付けて、人と何かをやっていくのが普通だと思わせるのがいいのではないかと思います。
――「工学の勉強はみんなで協力してやったり、自分が知っていることは人に教えたりするのが普通だよ」とか、「わからないことがあれば友達の力を借りてやろう、人に聞こう。それが普通だよ」と早い段階で学び方を学んでもらうことが必要なんでしょうね。
※肩書・掲載内容は取材当時(2020年6月)のものです。
『最初から「(大学の学び方とは)こんなものだ」というのを植え付けて、人と何かをやっていくのが普通だと思わせるのがいいのではないかと思います。』
大田先生のように感じておられる先生が多いような気がします。それが初年次教育の1つのテーマなのかもしれません。
一方で、グループやチームでの学びのプロセス、いわゆるPBLやアクティブラーニングに難しさを感じておられる先生も多いのではないでしょか。
今回の大田先生の取り組みでは、チームビルディングの体験を1コマの授業に取り入れたわけですが、さらにそれを推進していくふりかえりのプロセスや、授業を手伝ってくれるTAのチームビルディングの実施など、さらに進めてみたら学生たちはどういう風に変わっていくのだろう、と興味がわきました。
Comentarios