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いまどきの学生は自分の力で困難を乗り越える面白さに気づけるか?【日本工業大学】連載4-1

ここまで3回にわたって、日本工業大学 基幹工学部におけるアクティブラーニング型の専門課程の授業の開発への取り組みをレポートしてきました。機械工学科のJABEE資格に関連する選択授業における取り組み、電気電子通信工学科の必修の実験科目での取り組みに続いて最後にご紹介するのは応用化学科です。応用化学科長の佐野健一先生は、これまでも独自の工夫でアクティブラーニングを試みておられました。まずは、先生が抱える教育への課題感や、アクティブラーニングに取り組むようになった背景について話を聞いてみました。




――まず佐野先生のプロフィールについてお伺いしたいのですが、ご専門は?

佐野先生 学生時代は、細胞生物学研究室に所属していました。その後、大学院を中退して、松下電器産業の松下国際研究所に入れていただき、その後、当時の上司について理化学研究所・播磨研究所に移り、都合9年間、筋収縮を制御するタンパク質の生化学・生物物理研究に携わりました。その後、癌研究会癌研究所では、血液中に存在するタンパク質を遺伝子組換えで細工して、半導体メモリ製造に応用する研究などに携わりました。今度は、和光にある理化学研究所でトヨタ自動車との共同プロジェクトに従事し、その後、日本工業大学に着任しました。今年で10年目です。


――佐野先生は教壇に立つようになったのは日本工業大学さんが初めてですか?

佐野先生 非常勤の経験はありましたが、大学に所属する一員として教えるのは初めてです。私が着任した当初大変驚いたことは、自律的に動くことができる学生がとても多かったことです。私が入った創造システム工学科(※2018年の改組によって現在は応用化学科とロボティクス学科に分かれている)の1期生の卒業研究から指導に携わりましたが、彼らは大まかなテーマ設定と基本的な実験操作を教えると放っておいても、自分たちで工夫して、多少は脱線するもののとにかく前に進むことができたんです。当時、私の研究室には6人の卒研生がいましたが、そのうち5人は自分で自律的に動ける学生でした。だから、たくましいなと思って見ていたんですが、年々そういった自律的に動ける学生が減っていき、3年ほど経つとその割合が1、2割にまで下がってしまったんです。



――かつての学生さんのどういう姿に「自律」を感じていらっしゃったのですか?

佐野先生 私の担当していた中でもっとも優秀な学生は、大学院まで進学して、在学中に査読付きの英文論文を2本出しました。そのうちの1本は、私のアイデアとアドバイス通りにやってうまくいった私にとって会心の作。もう1本は、私が企業に頼まれてやっていたもので、結果の目処がついたので、学生の実績づくりのために抑えの実験を頼んだものでした。そのとき、「先生のアイデア以外のことも試していいですか」と言われたので任せてみたら、彼のアイデアのほうが、結果断然よかったんですよ。前者の論文はいい雑誌に出せて、後者はテーマの関係もあり、いい雑誌には出せなかったのですが、彼は「自分の力で達成したほうがうれしい。先生の言ったとおりの結果が出ただけではつまらない」と言っていました。そういうことを言える学生が昔はいたのですが、今はほとんど見当たりません。



――研究や学びに不可欠な自律心が、学生の気質の変化のせいか、そこに至るまでに教える負担が増えているということでしょうか。お話を伺いながら、貴学がアクティブラーニングに力を入れておられる背景もそこにあるのかなと感じました。

佐野先生 数年前、本学で初めて御社のチームビルディングプログラムにトライすることになりました。(当時の)教務部長の先生に、「こういうことをやるのでリーダーになりそうな学生を選んで参加させてほしい」といわれて、リーダーになって欲しいと思う、いわゆる優秀な学生を数人推薦したんです。それでどんなことをやっているのか見学させてもらったのですが、正直、最初は「これが学生の学びに繋がるの?」と思いました。



――私たちが提供しているプログラムはグループワークが中心ですが、そこで扱うコンテンツ自体は、一見すると理系の専門科目にも、キャリア教育にも、スキル教育にも関わりのなさそうなものですからね。佐野先生の目には「優秀な学生が取り組むコンテンツにしては物足りない」と映ったのかもしれません。

佐野先生 ですが、終わったあとで学生に聞いたら「すごくよかった」と言うんです。その後の学生の様子を見て、確かに成長している。そこで、優秀だと私たちが考えている学生にもこういうプログラムは効果があると思うようになりました。実際には、私たち教員と学生とのコミュニケーションに問題があって、学生はなんとなくわかった気になっているけれど、彼らの思考で、物事をブレイクダウンしたり、積み上げていくことが、教員が思っている以上にできていないことがわかり、そのトレーニングがとても重要だと気付きました。

その後、私は直接関わってはいないのですが、フレッシュマンキャンプで御社のそういうチームビルディングプログラム(自己の探求)をやってもらうようになりました。でも入学した最初で終わりではもったいないと思い、その続きが必要だと思って、それらしいことを自分の授業でやってみてはいたのですが・・・


――具体的にはどんなことを?

佐野先生 1年生に専門に目を向けてもらうための授業では、将来のキャリア像についての話をしました。30歳や40歳の理想のライフプランを想定して、そのためにはどんなキャリアを築くべきかをグループワークで考えてもらうとか。専門科目でも考えさせるグループワークをしたりしていました。


――手応えはいかがですか?

佐野先生 なかなか難しいですね。学生が今は、高校でもこういうレッスンを経験しているのか、妙に慣れているのかもしれませんが、そつなくこなす、まあこうやっとけば点数がもらえるといった感じの学生が増えてきて、手応えが年々なくなっているように感じます。


――それは寂しいことですね。ところで、そもそも佐野先生がフレッシュマンキャンプでやったチームビルディングプログラムの続きを、授業でも引き続きやったほうがいいと思ったのはなぜですか?

佐野先生 一日では時間が足りなくて、そんなに大きな効果が出るわけないですよね。グループワークのようなことは、おそらく中学や高校で似たようなことをほとんどの学生が経験しているのでしょうが、その経験を活かせていないので、定着させるためには繰り返し行うことが必要だと思ったからです。


――「その経験を定着させたい」という、そのねらいは何ですか?

佐野先生 自律してほしい、何事も自分で考えて実行に移して欲しい、でしょうか。私がよく研究室の学生に就職指導の際に言うのは「答えを教えてもらってやるだけの人に、高い給料を出してくれる会社はもうありませんよ」と。そのためには、考えて行動できることが必要だと話すのです。


――先生のお話を伺っていると、その根っこにあるのが、自律や、自分でやるという態度や姿勢の涵養なのかなと感じますね。

佐野先生 学生は、私が思っていた以上に我々教員の発言などのバイアスを受けて、それらしいことを発言していただけで、彼らは自分の頭の中で、そういう作業を実際にしていなかったのかもしれません。考えて行動するという経験が足りないなら、もっと増やさないといけないと思います。


――優秀な学生さんは「頭でわかっていたが、自分でやってみたら難しくて、その難しさが面白かった」のではないでしょうか。僕らのプログラムを受けた学生に感想を聞くと、「自分の考えを人に伝えるのは難しい」と「他者の考えがこんなにも面白いものだとわかった」と言うのですが、貴学の学生さんもきっとそういう体験をされたのではないかと思います。

佐野先生 そこですよね。チームビルディングプログラムに参加した学生の姿を見て、実際に自分でやって、そのプロセスを体験して、教員のバイアスなしに、自分たちの力でそういうのをやったのが面白かったんだろうと思います。繰り返しになりますが、彼らに考えて行動するという経験が足りないのだから、もっと増やせばいいんです。


――その体験をするまでは、人の考えを聞くときに、正しいか正しくないかとか、先生の言っていることに合っているかいないかで分けて聞いていたけれど、初めて自分の耳で聞いてみた。すると、人の考えは面白いし、自分の考えも言いたくなって、言ってみたけれど、伝わらなくて難しい、という体験。それを乗り越えてみると、なぜか成果があがって、不思議と面白かった、と感じているのだろうと思います。

佐野先生 そうですね。結局、自然科学系でも工学系でも、我々理系の人間はそれと同じようなことをしているだけなんですよね。ですが、そのことになかなか気づいてもらえません。しかも、我々のように人がたくさんいた時代の人間は、自己主張しないと誰もその存在を認めてくれませんが、いまの学生たちは少子化の影響もあり、とても大事にされて、寄り添ってもらっているので、努力せずに周囲に自分の欲求を伝えることに慣れているように思います。だから、いざ就職活動など自分を他人に認めてもらう必要がある時に、上手くいかず、心がたやすくペキっと折れてしまう学生が増えていると思うんです。


――難しいことを克服する面白さや達成感のようなものをあえて体験する機会をつくることもこれからは必要になるのかもしれませんね。




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