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「全員で作る」が学ぶ動機づけに有効なのはなぜ?【日本工業大学】連載2-2

日本工業大学では10数年前から学生フォーミュラの活動に取り組んでおられます。7年前からその活動に携わるようになった機械工学科長の中野道王先生は、自らの民間企業での経験をふまえ、学生に「自分で作る・全員で作る」意義を伝えておられます。そのことが、チーム内の関係性に変化をもたらし、学生のものづくり力向上にも作用しているようです。「大会優勝」と高い目標を掲げていた頃よりも、結果的に成績が向上しているのはなぜか?高い目標設定は必ずしも学生のモチベーションを高めることにならないのか?この事例をもとに、学ぶ動機づけに有効な要素について考えてみたいと思います。


――学生フォーミュラの話を詳しくお伺いしたいのですが、中野先生が担当されるようになってから、「自分で作る」「全員で作る」をテーマに掲げるようになったのはなぜですか?

中野先生 私が豊田中央研究所に入ったのはバブルまっさかりの1990年ですが、数年後にバブルがはじけたとたんに人を採用しなくなりました。その結果、私は部署の一番下で、仕事を頼める部下がいない状態で10年ほど働くことになったのです。しかも、一本の筋の通った仕事でなく、車のエンジンに関するシミュレーションもすれば、カリフォルニア州の大気汚染のシミュレーションもやるというように、あちらこちらの仕事が降ってきて。そんな当時の自分のことを「コンビニ」と言ったことがあります。お歳暮用のせんべいも靴下も置いていて、有名店のものはなくとも、手早くだいたい揃う便利な社員だと。でも、本学に来てわかったのは、組織の末端で、自分の手で何でもやってきたから生きてこられたのではないか、ということです。今のような高度な数値計算のソフトウェアもない時代だったので、自分でコンピュータプログラムを組んでエンジン内の燃焼反応も解いたし、技術系社員とペアで何度もエンジン実験をしたので、音を聞けば異常がわかるようになった。そういうのをずっとやってきたので、何かしろといわれても、なんとかなる。たとえ成果が上がったとしても、自分の手でやらなかったことは応用が利かないのではないか、と思っています。だからこそ、学生フォーミュラのチーム、いや本学の全学生と言ったほうがいいのかもしれませんが、できるだけ自分の手で経験してほしい。それは財産として一生使えるから。それが「自分で作る」を中心に置く理由です。


――「全員で作る」についてはいかがですか?

中野先生 企業でも、大きなプロジェクトで何かをするにしても、その分野をやったことのない人のアドバイスは役に立たないことも少なくないんです。自分でやってこそ初めていいアドバイスができるのだろうと思います。だから、学生フォーミュラではドライバーにも作ることを求めています。F1にいけばドライバーが車をつくることはありませんが、それはプロ中のプロ、頂点の天才ですから。我々は社会で働く、普通の技術者を育てているんです。それを考えると、自分ができもしないことを評論家的に指摘してもチームワークを乱しますし、大した評論にもならないでしょう。それより、手を動かす経験のほうが、将来よっぽど役に立つのではないでしょうか。


――その他にも、学生に働きかけていることはありますか?

中野先生 活動では3つの目標を掲げています。1つは、自分たちで「できるだけ内製する」。次に「必ず大会で完走する」。チームによっては一番を狙うために耐久性においてギリギリの設計をするところもあるんです。私はそれを否定するわけではないのですが、ものづくりの観点からは、不完全なものを作るというのはありえません。遊びなら性能優先でもいいけれど、製品をつくるなら、まずはまっとうなものでなければならないでしょう。完走できないというのはありえないことです。そのうえで、3つ目に「性能を伸ばす」を目標にしています。学生フォーミュラの目標にしては地味ではありますが。


――以前はもっと派手な目標を掲げていらっしゃったのでしょうか?

中野先生 私の前に担当されていた先生は、どちらかといえば一番を狙いにいきたいと考えておられたようです。指導者が変わればやり方も考え方も違うので単純にいい・悪いは比較できませんが、目標に入賞順位を掲げた瞬間から、それに一番近づける布陣でやることになります。すると、作る人とドライバーは分業となり、貢献できない人がはじかれて、チームとしての一体感がことごとくなくなってしまいます。


――それによってどんな現象が起きていたのでしょうか?

中野先生 学生の日々の行動にも影響しますが、学生フォーミュラでは、技術の伝承が途絶えるのが最も怖いのです。車づくりは一年ですべての課題が解決するわけもなく、何年もの経験値の積み重ねで新しいものができていくので、それを分断すると決していい車はできないんです。その結果、成績のムラが激しくなります。良い成果を挙げても、その中で培った技術や経験を後輩達にしっかり受け継いでもらえないと、チームとして伸びないんです。私はそれはよくないと思います。リーダーは責任を背負わないといけない汚れ役だし、ドライバーは全員の汗の結晶の車を壊すことなく完走させる役であって、偉いわけではないんです。なのに「俺がこんなにやっているのに車が遅い」なんて発言をすると、みんなはどう思うか?決していいチームにならないでしょう。みんなが参加して手を動かし、お互いの気持ちがわかることで、一体感のあるチームができると思うんです。


――なるほど、面白いですね。我々はさまざまな大学にチームビルディングプログラムを提供していますが、その中に課題解決のためのグループワークを取り入れています。グループワーク終了後に振り返りをしてもらうのですが、うまくできたチームは「自然に役割分担が起きた」「みんながリーダーだった」と言うんです。一方、うまくできなかったチームは必ずといっていいほど「役割分担すればよかった」と言うんですね。

複数の人が集まって何かを進める場合、我々は「役割分担をやればうまくいく」という先入観をもっています。しかし、チームが育つ前に役割分担をすると、責任の押し付けあいが起きる可能性が高いのでは、と思うのです。「あなたドライバー役ですよね、私は設計です、ここに立ち入らないでください」などと考え出すとうまく回らなくなってしまう。しかし、チームが育ってくると自然発生的に役割分担が起きて、自分も他者もそれを認めて、それぞれが「自分はこれを頑張る」と思えるようになったら、そのチームはうまく回るようになると思うのです。


中野先生 その話を聞いて思い出しました。私と前任者との違いはそこにもあるかもしれません。私が担当する前は、組織のツリー図があったんです。リーダー、サブリーダー、シャシー班などときれいにツリーに分けると、その時点でうまくいくような気がしてしまいます。でも、現場では、自分の名前をツリーの中に見つけても、責任範囲はどこからどこまでかわからなかったり、自分の担当以外は手伝わなかったり、ということが起きる。それが結果的に人と人の隙間にある仕事を埋められない弱いチームをつくってしまうのではないでしょうか。

私が担当になってからは、リーダー、サブリーダーは置くけれど、あとは全員一緒。明確に担当が決まっているようで、いない状態で、かっこよくいえばフラットな組織です。すると面白いことに、何かの高い技術をもっている学生や情熱をもって深堀りできる学生がでてくる一方で、そういうことには向いていないけれど、人の隙間の仕事を見つけて埋めてくれる人が現れる。みんながうまく集まって、前向きな気持ちになっているときはいい成果がでるんですよ。


――不思議ですよね。神先生とも話したのですが、こういうことには学生のモチベーションが大事ですよね。では、モチベーションの源泉はなんだろうと考えたときに、私の頭に浮かぶのはデシとライアンの自己決定理論なんです。「人が動機づけられる時の基本となる心理的欲求は、自律性(自己決定)、有能感(私はこれができる)、他者との関係性(自分は認められている・見られている)の3つである」と。つまり動機づけられる欲求に「目標」は入っていないんです。

私が以前勤めていた会社は、かなり目標でモチベートする会社で、私を含めて営業職はみんな「目標を達成するとみんながほめてくれてうれしい」と感じていました。だから、目標を掲げること=動機づけではないという意味がすぐには理解できなかったのです。

でも、裏を返せば「目標持っている人はモチベーションが高いんだけど、モチベーションがない人のモチベーションを高めるのは、目標をつくることではなくて、3つの欲求を満たすのが先なのではないか」と思うようになったんです。だから、中野先生の学生フォーミュラでの取り組みを聞いて、「1番を目指そう」と目標を立てるのではなく、「自分で作る・みんなで作る」を基本的な構えとして浸透させることが3つの欲求を満たすことにつながり、チームでの活動がうまく進んでいるのだろうと思いました。

中野先生 組織づくりについて、そんなに難しく考えたことはなかったですが(笑)。私が「1番を狙う」と言わなかったのは、それを避けていた面もあります。シーズン後にスポンサーに報告に行くと必ず「来年は何位?」と聞かれますし、企業の方もVプロセスが好きなので、何かにつけてそういうシナリオを期待されます。ですが、私はそれが学生フォーミュラで何かに向かっていくための必須条件だと思っていないところもあります。数値目標に縛られるよりも、私が大事にしたいのは、代々の先輩が引き継いできた技術の土台に、さらに上積みできるほど自分たちが努力しているかどうか。それでなんとかうまく回ってきたのは、おっしゃるような何かがあって、学生のモチベーションが保てていたからかもしれません。



※肩書・掲載内容は取材当時(2020年6月)のものです。

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