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自分の守備範囲を越える勇気や興味が芽生えるには?【日本工業大学】連載2-3

ものづくりのPDCAを学んでほしいという思いから、チームビルディングを取り入れたアクティブラーニング型の専門授業の開発や学生フォーミュラの活動支援に取り組んでおられる日本工業大学の中野道王先生(機械工学科 教授)。学生の将来の活躍の場を想定し、他者と関わりながらチームでものづくりに臨む機会を積極的に設けおられますが、期せずしてその手法が、学生の学びへのモチベーションを高めることにつながっているようです。一方で学生との関わりを通して見えてきた、教育を取り巻く環境や日本のものづくりの将来に対する課題もあるようです。どんな期待を込めて、中野先生はこれから教育に臨んでいくおつもりなのか、今後の展望について聞いてみました。



――私たちにチームビルディングについて教えてくれた北森義明先生は、「チームビルディングには自己理解と他者理解と目標統合の3つの要素がある」とおっしゃいました。目標“共有”ではなく目標“統合”とおっしゃっていたんです。目標ありきで、例えば数字を掲げてそれをみんなで共有して目標に据えるのが目標共有。一方、目標統合は、個人個人の動機は異なっていても、お互いの動機を知り合い、そこからやりたいことを統合していくというニュアンスが込められています。目標統合していくと、動機は異なっていても、Aさんの目標もBさんの目標も達成できることになる。つまりAさんもBさんも自己実現できるとわかったときにチームは強くなる、とおっしゃるんです。

中野先生 目標統合。私は組織論のようなことは考えずにやっているのですが、それは大事な視点かもしれませんね。1つの仕事やプロジェクトをやろうとするときに、誰かが頑張りすぎると、「あのひとに任せておけばまあいいか」と思う人もでてきますよね。でも、誰かが頑張ればいいかといえばそうでもなくて、うまくみんなが頑張れる環境をつくるのが大事なんです。プロジェクトに参加するときには、自分なりの貢献をしなくてはならないということを認識してほしいし、学生フォーミュラのチームではそれを感じてほしい。だから、ものづくりも運転も人任せでなく、小さなことでも自分の部品を改良すればどうなるかを考えてほしいし、そういう気持ちをみんなが持ってくれたら、チームが機能するのではないかと思います。


――「それぞれが自分で貢献できるところを見つけて、働きかけろ」ということでしょうか。

中野先生 そんなイメージですかね。学生フォーミュラは毎年メンバーがかわるのですが、それでもみんなが繋がっていられるのはチームへの貢献が自分の喜びになるからです。そのサイクルをわかってくれたら、あとは何も言わなくても回るのではないかと思っています。


――私も組織論についてはまだまだ勉強中なのですが、中野先生のおっしゃることは北森先生のおっしゃるチームビルディングの理論ととても近しいように感じるんです。北森先生はプロスポーツチームの研究もされていて、巨人軍のV9を支えた牧野コーチ※へのインタビューをしたことがあったそうです。選手のポジションについての質問をされたそうですが、その答えは「それぞれの選手がそれぞれ決まった守備範囲を守る、のではなく、9人の選手全員でグラウンド内全てを守る、というところから発想している」という答えだった。すなわち静的な発想で守備を組み立てるのではなく、動的な発想で守備を組み立てていたそうなんです。

※牧野茂氏(1928~1984年)65年から9年連続日本一に輝いた巨人でコーチを務め、川上哲治監督をして「牧野がいなければV9はありえなかった」と言わしめた日本球界における名参謀の代表的存在。

中野先生 学生フォーミュラや機械総合演習に参加する受講生にもそう思ってほしいと思っているのですが、どうも時代は逆の方向に進んでいるような気がしてなりません。というのも、いまの学生は、始めから「どうすれば合格ですか」「何をすれば私は評価されますか」と聞いてくることがあって、最初から合格ラインを探っているからです。だからそれ以外は見ない。そうすると「全部君のポジションだよ」というのが通用しないんです。

バブルが弾けた後、日本の企業にも成果主義が入ってきました。社員は「この1年間で君はいつまでに何をするか、目標を数値で書きなさい」と言われるようになり、会社は半年おきにそれを評価するわけです。すると、本当は「書いたこともできていないといけないが、気づいたことは何でもやりなさい」と言いたいところなのに、「書いたことさえできていればいい」と捉えられてしまう。そういう社会になったことで、若い人が自由に、自分が活躍できることはどんどんやっていこうとする意欲、他人の分野でもあって関わってみようとする興味や関心が減っている気がしてなりません。学生フォーミュラに携わってきた7年間ですら、それが減っている気がします。そういう気質がやがて日本の将来の技術に対して大きく影響するのではないでしょうか。


――評価する際に「見える化」するほど、評価される側は「これはどこまでやればいい」とか「これはどの評価項目に該当するのか」を気にし始めるし、評価する側も不公平がないように当落線を明確にしたくなる。評価を聞いてその人が自己理解を深めて次のステップにいきたいと思えることのほうが大事なのに、そういう方向には作用していない気がしますね。

中野先生 いまの学生は子ども頃から評価や試験の連続で、それさえできればいいと思わされているかもしれません。私の中学生時代には木工や製図の授業がありましたが、いまは評価しづらい科目はどんどん減っていますし。昔は万人に対して公平な評価などないことを自然と理解するようになっていけましたが、いまはほとんどのことが誰かによって公平性を担保された基準に基づいて評価されるということを暗黙のうちに植え付けられています。だから、それがなくなったとたんにどうしたらいいのかわからなくなるし、常に自分のゴールを人につくってもらおうとする。それはまずいぞ、と学生を見ていて思いますね。


――教育にとって評価することは大事ではありますが、落とし穴がある気はしますね。

中野先生 人生は予測できないものですから、予測できないものに対応する力とか、進んでいるうちにたまたま見つけたものをどう扱うか判断する力も大事だと思うんです。いまはそれを育ててあげられていないと思うことが多くて。学生フォーミュラでも順位を目標にせずとも、目の前にある問題を解決することで見えてくるものもあるはずです。だから、あまり大きな声では言えませんが、学生には「キャリアプランがあっても人生その通りになるとは限らない。だからこそ、いざと言うときに応用がきくように自分に力をつけておけ」と言っているんです。


――まさに、アクティブラーニングによる主体的・対話的で深い学びが、知識・技能だけでなく、学びに向かう力や思考力・判断力を養うことにつながるということですね。

中野先生 旧課程の機械総合科目では頑張る人とそうでない人の差がものすごくあったのですが、ものすごく頑張った学生が、「班で評価されると、やってない人も合格になるんですよね」と言うのです。そういうときに私は「評価や制度の不公平は世の中にたくさんあるが、自分の努力で身につけた力だけは自分のものだ」と伝えています。自分が関わった学生には、そういう社会の現実に直面しても生き抜ける人になってほしいと思っています。


――今後もこうした取り組みを学科で進めていかれるのだと思いますが、先生が課題だと思うものがあればお聞かせください。

中野先生 総合演習ではテーマごとに担当教員がいて、私はスターリングエンジンカーをつくるテーマを担当しています。私はたまたま学生フォーミュラをやって、そこで経験したことをもとに教育システムをつくりたいので、小さなものでも自分でつくるプロセスを体験をしてもらっています。しかし、他の先生が担当する例えば金型を製作するテーマでは、極めて高度な加工技術を必要とすることや材料費や工具の値段、そして加工装置の制約などから、作って評価して修正を繰り返すというサイクルが回しにくく、フィードバックを十分に回せない悩みもあるようです。本当は自分で作って、実際に使ってみて、うまくいかないところを改善するという技術開発のポイントを体験してほしかったのですが。


――フィードバックが働かない、ということでは、似たような話を他校でも聞くことがあります。先生の優しさで「学生に成功させてあげたい」という気持ちや、もしかすると、授業をコントロールしたいという気持ちからかもしれないのですが、「こうなって、こうなって、こうなるはず」というシナリオを体験させることを優先するあまり、想定通りにならないことを避けるようになっていらっしゃるかもしれませんね。

中野先生 それもあるかもしれません。私は学生に「いまのうちにいい失敗をやっておけ」とよく言うんです。会社に入ってから失敗をするとレッテルを貼られて、なかなか消えないし、失敗を挽回するにはものすごく苦労する。でも学生時代の失敗なんて高々しれているし、失敗の理由がわかればそのテクニックはまた使えます。ですから、機械総合演習という科目が「良い失敗」をするための良い機会になればいいと思っているんです



※肩書・掲載内容は取材当時(2020年6月)のものです。

 

 中野先生とは、役割分担の話、目標統合の話、評価の話など、さまざまな角度からチーム作りとモチベーションについて語り合いました。チームや組織を動かすときに、役割分担や目標設定、評価の必要性は、当たり前のように語られますし、まずそれをどうするかを考えると思います。それはとても大事な事だと思うのですが、それぞれに副作用があることを知っていることが大切なのかも知れません。中野先生とのお話で出てきたのは、そのどれもが責任範囲の固定化や矮小化、やらされ感や受け身の姿勢に繋がる可能性を持っていると言うことでした。そうならないためにも、チームビルディングの3要素、自己理解、他者理解、目標統合のプロセスを、プロジェクトや教育活動のプロセスの中に組み込んでいくことが大切なのではないかと感じました。

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