千葉工業大学では新入生の大学適応をスムーズにするため、学科別の新入生ガイダンスを行っています。新入生ガイダンスでは、教員の負担軽減、他学科との情報共有などの意味合いもあり、教職協働で取り組んでいるのが同大の特徴です。この取り組みに限らず、同大では学科ごとに担当職員を置き、さまざまな場面で職員が学科運営をサポートしているそうです。また、職員には「ダブルメジャー」といって、自分の担当部署以外の業務も担当する仕組みも導入しているとのこと。教員・学生サポートを充実させる体制のつくり方、職員の意識や考え方、そして、今後の課題や展望について、教学センター職員の伊藤美奈さんにお聞きしました。
――これまでお話を伺って、千葉工業大学さんはけっこう職員の方からも学生さんや先生方に対しての働きかけておられるように感じます。
伊藤さん そうですね。もっと学生とも教員とも踏み込んで行こう、と言うことは言われています。教員との関係がよくなれば困った時に頼みごとをしやすくなりますし。最近多いのが合理的配慮や支援が必要な学生さんの対応についてのお願いです。先生とはコミュニケーションが取れてることも多いので、こちらで困ってることがあると、先生にお願いできませんかということも言いやすいので。
――他になにか取り組んでおられることや制度などはありますか。
職員については、「ダブルメジャー」と言う制度があります。その制度では、自分の部署以外の仕事も覚えることになっています。
――ダブルメジャー、ちょっと興味深いですね。学生さんではよく聞くことがありますが、職員側の制度なのですね。いつからある制度ですか?
伊藤さん 一昨年(2022年)から始まった取り組みで、自分の業務目標だけでなく、もう1つ別の部署の目標も立てることになっています。
――もう少し詳しく教えてください。例えば伊藤さんの場合、インタビューの最初に、大学院に関連する業務を中心に新入生や卒業生といった学籍に関連する業務をされていると伺いましたが、ダブルメジャーでその他の担当業務もお持ちだということですよね。
伊藤さん ダブルメジャーといっても、大体隣の部署のことをやることが多いんです。私の場合は、同じ教学センター内の学生担当部署のボランティア科目の認定などの手伝いもしています。認定の作業は教務の担当なんですが、ボランティアをした学生に証明書を出して認定するまでは教学センターでできますし、学生の説明会など、そういった作業を一緒にやっています。その前は、留学生担当として、留学生の履修指導を積極的にやっていました。教務としての履修指導というよりも、留学生の立場に立ってもう少し履修を見てあげてくださいというような感じです。完全に自分の業務とかけ離れたものではなくて、あくまでも、業務の枠をちょっと越えてできることをしてあげよう、という考えのものです。
――いい取り組みですね。ただ、職員のスキルアップという面ではいいのでしょうが、自分の仕事も忙しい中、負担を訴える方はおられないのでしょうか?
伊藤さん パッと見は自分の業務が増えたように感じますが、逆をいえば「自分が休んでも他の人がカバーしてくれる」という感覚です。ベースにあるのは、学生が窓口に来たら、たらい回しにしないでなるべくワンストップで済むようにしてあげようという思いです。「窓口は隣の部署だから向こうに聞いて」じゃなくて、隣の部署のことでも窓口で答えられるレベルくらいは把握しておきましょう、っていうことなんです。だから、定期的に隣の部署を交えた席替えもあるんです。意識するだけでは足りないので、物理的に席を移動したり、目標を立てたりすることも含めて、「動きましょう」っていうメッセージですね。
――意識的にも仕組み的にも、部署の枠にとどまらないようになっているんですね。こういう取り組みが始まって、職員のみなさんの気持ちに何か変化はあるのでしょうか?
伊藤さん 知識は多少変わるので更新しなくてはなりませんが、そこまで私の中では負担にはなってなくて。逆に、異動しなくても隣の部署の仕事をできるというのは、万が一異動した時にゼロからでなく、1くらいはあるレベルから仕事を学べるので、後々を考えれば負担が少なくなるのかなとも思います。
――千葉工大さんでは職員の方の異動は多いのですか?それとも、同じ部署で専門化しているのですか?
伊藤さん 人によります。2~3年で動く人もいれば、私は教務9年目でなかなか動かないので、いろいろですね。本学は、法人も大学運営側もミックスで異動が発生するので、実はある程度いろんな部署の仕事を知っておいた方がいい面もあると思います。
――職員研修などでも他部署との交流があるのでしょうか。職員さんにもチームビルディングなどするといいのかもしれませんね。
伊藤さん 職員研修は部署ごとでミックスして行われています。そういうこともやってみたら多分面白いと思います。
――最後に、伊藤さんから弊社に何かご要望はありませんか?
伊藤さん チームビルディングプログラムの扱いを学生さんに教えて、学生ファシリテーターを育てるプログラムもあると聞いたことがあります。ただ、学生はいずれ卒業していってしまうので、育成するタイミングが難しいイメージがあるのですが、他大学ではそういう事例はあるんですか?
――ええ、いくつもあります。伊藤さんが先輩学生にファシリテーターやってもらうことに興味を持たれたのはなぜですか?
伊藤さん 自分たちが体験したプログラムを、次の年はファシリテーターとしてやってみることが、学生の強みや自信になり、将来就職するにしても何らかの役に立つのではないかという話が出たんです。また、ファシリテーターを自前でできるとまではいかなくても、プログラムのサポートに入るとか、少しだけ担当するとか、そういう経験をした学生がいれば先生たちも何かと授業をやりやすくなるのではないかとも考えました。あと、TAとして学生を指導する大学院生には、そもそもそういう能力が備わっててもいいんじゃないかという声もあって。TAをする学生さんにはファシリテーター養成講座を設けて受けてもらうようにしてもいいではないかとも思っています。
――そうですね、それはとてもいいアイデアだと思います。
伊藤さん やはりファシリテーター養成にはある程度教育の時間がかかるのでしょうか?
――さまざまなケースがあります。私がお手伝いしているある大学のケースをご紹介しますと、新入生に提供するプログラムが1日版なんです。新入生に向けて9時~17時ぐらいまでの結構みっちりしたチームビルディングのプログラムを行うので、学生ファシリテーター養成に4日間の研修+本番前リハーサル1日の5日間ほどかけて準備をしています。その大学は1学年800人程の規模で、毎年60人くらいの学生ファシリテーターで新入生プログラムに対応しています。しかも、学生ファシリテーター養成研修そのものを授業として扱い、単位としても認定しているんです。
伊藤さん それで、そんなにファシリテーターの学生が集まるんですね。
――また、別の大学では、本番のプログラムは貴学と同様にラーニングバリューのファシリテーターが担当するのですが、先輩学生がサポーターとしてプログラムをサポートするケースもあります。その場合の研修は2日間ほどです。ファシリテーションについて少し学ぶとともに、先輩学生チームのチームビルディングをして、新入生をサポートするための意思統一を図るというような研修を行います。「研修」というと、ファシリテーターとしての動き方やケーススタディを学ぶようなものを想像されるかもしれませんが、学生が自分たちでいろいろと工夫しながら行動できる状態をつくれるようなものにしています。
伊藤さん 本学でもできたらいいんですが、スケジュール的にも学生が集まってくれないんじゃないかと思うんです。集めるにしても何年生を中心にしたらいいんでしょう?SAの学生さんに声をかけてもいいかなとは思うものの、そうすると学科がバラバラなのでやってくれるかどうかわからないし。先輩-後輩のつながりを考えると、同じ学科の大学院生のほうがいいのかなとも思いますし。ラーニングバリューさんから何度かお話を聞いてはいますが、実際は動けてない状態です。
――先ほどご紹介した、2日間研修を実施しているのは1学年200名ほどの薬学部なんですね。そこには学生をぐっと握ってる先生がおられて、立ち上げの時は2年生以上の全学年から目ぼしい学生にピンポイントで声をかけて40人ぐらい集めました。一度そういう組織が立ち上がると、体験した新入生の中から「自分も来年やってみたい」と志望する子が出てくるんですよ。それがチームビルディングなんですね。すると、翌年からも人が集まるようになって、今は2・3年生だけで50人ほど集まっています。中には成績の悪い、留年しそうな学生も集まってくるらしいんですけど、先生が「もうちょっと勉強して成績が上がってから来い」というようなことを言ってやる気を高めるというようなこともされておられるそうです。
さらにそこでは、SAのチームビルディングがずんずん進んで、彼らが自主的に1年生対象の勉強会の開くようになりました。演習の中間テストで合格点に至らなかった学生は、先生から「お前は勉強会に行ってこい」って放り込まれているそうです。先生よりも、少し年上の先輩に教えてもらえるほうが、学生にとっても質問しやすくていいようですね。
伊藤さん 本学のある学科でも、どうしても実験の単位を落とす割合が高くて、そこに絞ってSAを募集するような経緯もあったので、こういうものに関連づけてSAの能力も上げてもらえたらいいですね。さらに、そういう経験をした学生が大学院生になってTAをやってくれたらもっといいんですけど。学生の自主性に委ねて頑張ってもらうだけでなく、こちらからも何か提供できるサポートがあればいいのですが。
――そうですね、今後も貴学の課題やご要望に合わせていろんなことをご提案していきたいと思います。
※肩書・掲載内容は取材当時(2024年6月)のものです。
伊藤さんのお話から感じたのは、千葉工業大学さんには、職員さんのやる気を刺激する風土や制度が充実しているな、と言うことです。
例えばインタビューの1話目では、退学者対策のために当時の学長からの「初年次教育を重視する」と言う方針が発表され、懇親会的なものが中心だった入学時のオリエンテーションが、教務管轄になってより教育的なプログラムに変更されていったことが語られました。その流れから、より授業的なものを考えられる先生に対して「友達をつくれるように自己紹介も含めた和気あいあいとした作業も組み込んでください」などの要望を出しておられます。その依頼は、職員さんたちで行った推薦入学者に対する取り組みの手応えに基づいたもののようでした。2話目では、外部業者の様々な取組みを先生方に紹介しアドバイスされたり、他学科の取り組みを紹介して取り組みの改善を促されている様子も伺えました。そして3話目では、職員から積極的に働きかける風土をより促進さえるような「ダブルメジャー」と言う制度のお話も伺いました。それらのお話を通して、職員さんの自発性がとても高い組織だな、と感じました。
そう言った自発性の高い組織は、誰もが作りたいと思っておられることと思います。そのための制度を色々と考えておられる方もいらっしゃることでしょう。しかし組織開発の観点から言うと、制度を充実させることも大切ですが、その制度が機能する風土があるかどうか、と言うこともより大切な気がします。風土とは、なかなか目に見えないものですし、当事者にとっては当たり前のことなので感じ取りにくいものなのかもしれません。我々が携わっている組織開発の一つのテーマは、組織の風土を明らかにしていく(=組織の構成員が自覚できるようにしていく)と言うことです。皆さんの組織風土はどのようなものですか。どこからそう感じられますか。
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