大手前大学は兵庫県西宮市に本部を置き、リベラルアーツ教育を基盤として5学部を有す学生数約3,000人の私立大学です。同大学では、2012 年から新入生オリエンテーションの総仕上げとして、先輩学生がファシリテーターを務める『キャリアデザイン 0.5』というプログラムを実施しています。これは組織開発の手法を活用したチームビルディングのプログラムで、新入生の大学への期待や学びへの意欲喚起をねらいとするとともに、クラスづくり仲間づくりが進むよう設計されたものです。このプログラムの総責任者である教学運営室長の川口宏海先生に、プログラムの導入や発展、初年次教育の充実や学生ファシリテーターの活用など、様々な視点から一連の取り組みについて話をお聞きしました。
――まずは川口先生のキャリアについてお伺いしてもいいでしょうか。先生はいつごろから大手前にいらっしゃるんですか?
川口先生 35年ほど前からです。最初に配属されたのは、大阪にあった大手前栄養文化学院専門学校(当時)で、非常勤で大手前女子短期大学の授業も担当していました。そして、大手前大学が共学になった2000年に新設された社会文化学部(今の現代社会学部の前身)に異動したんです。
――私が川口先生と出会ったのは先生が副学長の時でしたが、大手前大学での先生のこれまでのキャリアについて教えていただけますか。
川口先生 今から10年ほど前に学部長になったのですが、学部長2年目から4年間、副学長を兼任していました。副学長をやめた後に教学運営室長を務めることになって、6年になります。現在の新入生を対象とするオリエンテーションプログラム(=『キャリアデザイン0.5』)の前身となる取り組みは、私の前任の副学長が先生方とともに立ち上げたものです。それ以前は、新入生を入学直後に全員を宿泊オリエンテーションに連れていき、様々なプログラムをやっていたんです。
――宿泊オリエンテーションは、私も一度見学に行かせていただきました。みなさん楽しそうに参加されていたのが印象的でしたが、せっかくそういう場を設けているのに、コミュニケーションをとるのが苦手で、端っこに立っているままの学生がいるのも気になっていました。
川口先生 学生さんたちを仲良くさせるゲームのようなものを毎年、手を替え品を替えしながらやっていただけで、特に理論的な裏付けがあるプログラムだったわけではありません。何年か実施していましたが運営が大変だったので、それに替わるものを検討するようになったのです。その際にラーニングバリューさんに相談して導入したプログラムが、現在の『キャリアデザイン0.5』につながっていくことになったのですよね。
――はい。その頃の経緯を少しお話させていただいてもいいでしょうか。弊社のチームビルディングプログラムを初めて大手前大学さんで実施したのは2009年のことでした。宿泊オリエンテーションを欠席した新入生を対象に弊社ファシリテーターを派遣して実験的にプログラムを行い、その成果をもとにご判断いただき、2010年から正式に採用していただくことになったんです。
2010年のオリエンテーションプログラムは、現代社会学部の本田直也先生をはじめとする8名の教職員の方が志願してファシリテーターを務めてくださることになり、みなさんには何度も研修に参加していただき、なんとかプログラムを終えることができました。
2011年には、初年次教育プログラム『キャリアデザイン』がスタート。その担当教員20名がオリエンテーションプログラムも担当することになったのです。先生方にはオリエンテーションプログラムのファシリテーターを務めていただくために、3日間の研修を半ば無理やり受けていただきました。そのためか「オリエンテーションをなぜ自分たち教員が担当しないといけないのか」と苦情が出て、大変だった記憶があります。
川口先生 覚えていますよ。当時私はこのプログラムには直接関わってなかったので、ファシリテーターになった先生方から「こんなことをやらされて、たまらない」という文句を聞かされていましたから。
――やはりそうでしたか・・・当時の先生方には申し訳ないことをしたと思います。
川口先生 先生方は当初初年次教育の『キャリアデザイン』にも反発されていましたからね。私はあとで聞いたのですが、オリエンテーションプログラムの振り返りの場では、先生方の感想や、学生さんにファシリテーターを任せてみる案など、みなさんが様々な意見を交わしあっていたそうです。2012年に初めて学生さんたちがファシリテーターを務めた時は、「学生さんがどこまでできるんだろう」という思いで始めたと聞きました。私が見学してきたのはそのころからです。
――川口先生が、学生ファシリテーターの見学にいらして、プログラム終了後の振り返り会を最後までご覧になっていたのを私も覚えています。ファシリテーターを教員から学生に変更したのは、2011年のふりかえりの会の時に、「先生方のご負担が大きすぎるのでは」ということが議題にのぼり、学生課職員(当時)の吉川博行さんが「それなら学生にしてもらったらいいじゃないか」とおっしゃって。それで翌年から先輩学生にファシリテーターをやってもらうことになったんです。
実は弊社で新入生向けのチームビルディングプログラムのファシリテーターを先輩学生に務めてもらう試みは、大手前大学さんが全国初だったんです。「いきなり学生に任せて大丈夫か?」と私も最初は二の足を踏みましたし、社内に持ち帰って検討した際も不安視する意見が多かったんです。ですが、今となっては「学生にやってもう」という決断が本当に良かったなと思います。学生の力はすごいですね。
川口先生 本当にそうですね。初めてプログラムを見学した時はびっくりしました。プログラム自体も面白いのですが、新入生をグループに分けて、ファシリテーター役の先輩学生が後輩学生をリードしていくというそれまでの本学にはなかった取り組みで、後輩のために行動することに先輩学生も面白さを感じているように見えました。また、世の中的にちょうどファシリテーションというものに注目が集まっていた時期でもあったので、私も教える立場の視点から目からうろこが落ちる思いもしました。コーチングとも違う、その場にいる人をファシリテートするというやり方を勉強させていただいたなと思います。
――『キャリアデザイン0.5』のベースになっているのは、『自己の探求』という弊社のチームビルディングプログラムです。いくつかのグループワークを通して、①自己理解を深め、②他者の自己理解に協力し、③チームビルディングを体験する、ように設計されているのですが、川口先生はプログラムの内容についてはどんな印象を持たれましたか?
川口先生 心理学に基づいた自己分析や他者分析の手法を用いた論理的な裏付けもあり、かつ、学生にも理解できるレベルの難易度のプログラムに設計してくださっていると感じました。本来のプログラムはもっと奥が深いのかもしれませんが、いろんな意味で、新入生が初めて参加する場に合っているなぁと思いました。もちろん、そうなるようにラーニングバリューさんが工夫してくださっているのでしょうけれど。サポートする教職員はごく少人数なのに、あれだけのプログラムをよくやってくれているなと思っています。
――『キャリアデザイン0.5』をずっとご覧になってきて、変化を感じる点はありますか?
川口先生 プログラムの骨格がある程度決まってからは、内容はそれほど変わっていないようですが、対象クラスの学生や人数、その時々の学生さんの気質をつかみながら、少しずつアレンジを加えてくださっているなと思います。もっとも大きな変化は、学生ファシリテーターの活動が、ボランティアから授業の単位として認められるようになったことですね。
――2012~2014年は事前研修と本番のファシリテーションの実施に携わる学生にアルバイト代を支給していましたが、2015年からは「PBL 特別演習」という授業として扱うようになりましたからね。
川口先生 ファシリテーター研修プログラムが『PBL特別演習Ⅱ・Ⅲ』として単位認定されることになってから、ファシリテーター志願者は増えました。また、たくさんの志願者の中からファシリテーターを選抜できるようになり、学生の個性を把握しながらファシリテーターのチームをつくって運営してくださっているなと思います。
――運営にあたっては、本田先生や、学生ファシリテーターのみなさんからも意見をもらいながら、事前研修の内容を工夫するなど毎年ちょっとずつ変更しています。
川口先生 正課の必修科目である『キャリアデザイン』につながるプログラム、という意味を込めた『キャリアデザイン0.5』というネーミングも学生が考案したものだと聞きました。実施場所も、以前は夙川キャンパスでしたが、途中から伊丹キャンパスで行うようになるなど変更もありましたが、そういう変化もうまく乗り越えて今に至っているようですね。
※肩書・掲載内容は取材当時(2021年8月)のものです。
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