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教員がファシリテーションする初年次教育、その後の学生の変化は?【東邦大学】連載2-3

東京都大田区に本部を置く東邦大学は、自然科学および生命科学系の総合大学です。理学部では2023年入学者から学部統一の初年次の教養教育科目として1年前期にチームビルディングの要素を取り入れた「初年次セミナー」を実施しています。学科教員がペアを組んで授業のファシリテーションを担うため、事前にマニュアルを用意したりロールプレイ形式の研修を行うなど入念に準備して本番を迎えました。前期授業が終了しどんな反応や手応えを感じたのでしょうか。初年次セミナーのカリキュラム開発から本番のファシリテーションまで一貫して携わった朝倉 暁生先生(理学部生命圏環境科学科 教授)と後藤 友二先生(理学部生物学科 准教授)に話をお聞きしました。




(写真左上)朝倉 暁生先生、(写真右上)後藤 友二先生



――研修を経て、初年次セミナー本番を迎えたわけですが、学生さんの様子や全体を通じて感じたことを教えてもらってもいいですか。


朝倉先生 生命圏環境科学科には4つのコースがあってバリエーションの幅がすごく広いので、同じように入学してきた人とも、4年後にはかなり違う研究をすることになります。卒業して社会に出て、それぞれがいろいろなところに進んでも、今いるメンバーとネットワークを組んだり協力したりしながら仕事に携わることもあるとか、お互いに自分が持っている知識を他の人に提供しあったりする集団になるのが重要だとか。そのためには、自分を開放するということと、相手を受容することが大切だとか。僕がマニュアルに記されていたこと以外で学生さんたちに強く言っていたのはそういうことです。



――自己開示や他者理解、チームビルディングの重要性というようなことですね。


朝倉先生 学習面でのレディネスももちろんあるのですが、毎回、高校生から大学生になっていく過程を意識していたので、そういう面での成長もあったのではないでしょうか。教室内の机の移動なども、最初のうちはこちらが指示しないと全然やらなかったのですが、2回目くらいから自主的にやる人が出てきて、最終的にはすべてのグループがやってくれるようになって。途中でクラスの中でグループのメンバーも組み替えたのですが、その時も、「お互いに相手のことを聞きながら自分たちでグループ分けをしてほしいが、10分でやってほしい。時間内にできなければ入社試験だったら不採用だからね」と設定してみたり。



――後藤先生はいかがでしょうか。


後藤先生 そうですね、僕が期待していたよりも学生はかなり動けていたと思います。チームづくりもそうだし、グループ内で意見を出し合うことも、グループの代表者がクラスのみんなにグループの意見を発表するとか。そういう作業を何回もしてもらいましたが、1回目からみんな積極的に動いてくれていましたし、ちゃんと話せていましたね。そういう意味では、早い時期にちゃんと友達と話ができることとか、自分と興味関心のポイントが似ている友達の存在を知れたのは大きかったみたいです。それが影響しているのかどうかはわかりませんが、今年は1年生の半数以上の60名近くが「自然観察の会」というサークルに入っているようなんです。



――ほう!クラスの交友関係が課外活動にも広がっていると。


後藤先生 もともと生物学科はこのサークルに入る学生が多いのですが、魚や昆虫など、「自分はこういう生物が好き」といえる人同士が集まって議論ができる環境になっているのは、今までより前向きに動けている証拠かなと思うんです。



――つながりができて、前向きな行動につながったと。


後藤先生 さっき朝倉先生がおっしゃったように、生物学科でも自分たちで机の並べ替えをできるようになるなど、授業の後半ではこれからやることが何なのかを自分たちで察知して前倒しで動けるようになっていました。それも、学生が大人へと成長するプロセスの1つだったと思います。何よりも、笑顔でいる学生が多かったのが一番良かったことですね。生物学科では後半も気が緩むようなことはなかったし、欠席もほとんどいませんでした。他の授業に比べると授業っぽくはない。演習やグループワークが中心で、話し合う時間が多いので新しい知識の共有も進むけれど、その中で雑談もできて、学生にとっては息抜きの授業というイメージが強いのかも。単位を出す側としては、学生の満足度以外に、もう少しきちんと教育的な形態をつくっていかないといけないと思いました。デメリットというほどではありませんが、それが課題かもしれませんね。



――お二人の話を聞いていると、教員がファシリテーターを務める「初年次セミナー」にかなり手応えを感じておられるようですが、逆に課題や、もっとこうしたほうがいいかなと思うことはありませんか?


後藤先生 今回は学科をAとBの2つのクラスに分けて、途中でクラス内でグループメンバーの入れ替えをしました。クラスを越えたメンバーの入れ替えはなかったので、学生からは「多くの人と知り合いになりたいから、クラス間でも学生の入れ替えをしてほしい」といわれました。



――学生さんの気持ち的にはかなりオープンになっているんでしょうか。


後藤先生 はい。すごく前向きで、入学式直後は大学生活を不安に思っていたけど、早い時期に友達ができて毎日学校に行くのが楽しいというコメントが多かったです。別の先生からは「自分の授業で1年生に入学直後の気持ちや授業に対する気持ちを聞いているが、今年の学生はすごく大学生活を楽しんでいるという回答が昨年より1.2倍くらいあったので、初年次セミナーは成功しているようだ」と言われました。いい影響が出ているんだろうと思います。


――それはうれしいですね。朝倉先生はいかがですか?


朝倉先生 最終回の1分間プレゼンをクラス全員で回したのですが、みんなと知り合えてよかったという感想が多かったので、先ほどの後藤先生の話にもありましたが、そういう機会になってよかったなと思います。もともと初年次セミナー始めるときに、学科横断的にクラスを分けてもいいんじゃないかという話もあったんです。旧カリキュラムのキャリアデザイン1がそうだったので。ですが、まずは学科の人と知り合うことが大きな目的だったので、しばらくは学科単位のままでいいのかなと思います。

それからもう一つ。うちのクラスは朝に弱い学生が数人いて、毎回グループが温まったところに20分くらい遅れてくるんです。昔から英語、数学などの必修科目は1・2限目に置いて、大学に朝早く来させるのは常套手段ですが、グループワークをともなう必修授業は遅刻癖のある学生はのりにくいのだなと、やってみてわかりました。



――初年次セミナーを担当された他の先生からは何か感想は聞かれましたか?


朝倉先生 今まで全然関わったことがなかったけれど、今後もぜひ初年次セミナーをやりたいと言っている先生が何人かいると聞いています。


後藤先生 「退職するまでこれやっていてもいい」とおっしゃった先生も一部おられたそうです。ただ、それなりに時間拘束されるので、負担がないわけではないと思います。僕自身はこの授業のおかげで初めて学生の顔と名前を短時間で覚えることができたし、しばらく担当してもいいかなと思いますね。



――やはり学生の顔を名前が一致するとよいことがありますか?


後藤先生 アクティブ・ラーニングをちゃんとやろうとすると学生を識別できないとだめですよね。「ねぇキミ」と言うと距離感がありますが、相手の名前と顔がわかったうえで「キミの意見を聞きたい」と言う方がこっちの気持ちもちゃんと伝わります。穴埋め問題なら学籍番号で当てて答えさせれば良いかもしれませんが、双方向授業を成立させようとすると、名前も覚えてくれない先生が相手だと学生のやる気も削がれるでしょう。教員側の都合でいえば90名近い学生の名前を覚えるのは至難の業で、それが4学年分もあるんです。鳥を観察する生態系の先生なんかはものすごくよく学生のことを覚えているんですが、僕にはそんな能力はないし、全員の名前を一致させるにはそれなりの時間を共有しないと難しいです。



――個体識別能力の高さが学生とのコミュニケーションに影響しますね(笑)


後藤先生 学生に語りかける場面がないと個人を特定しにくいですが、教室をくるくる回ってグループごとに話しかけるうちに顔と名前が一致するようになるんです。すべての先生がやるべきではないでしょうが、教務主任はやった方がいいと思うので、今後教務主任になる教員には引き継いでいきたいですね。



――今回の経験を経て、ご自身の授業に何か変化はありますか?FDでファシリテーションのトレーニングをしたことも含めて、授業や学生へのアプローチを変える刺激になったことはありますか?


後藤先生 初年次セミナーでは学生が話しやすいことを題材にしています。これが専門的な話になると、とたんに学生がしゃべれなくなるんです。授業になると、当てられないようにみんなうつむいてしまって。顔も名前もわからない間柄だと「わかりません」といって済まそうとしますが、こちらが相手を認識して意見を求めると逃げられない。しぶしぶでもなんとか答えを発してくれるようになったのは変化でしょうね。


ただ、アクティブ・ラーニングは学生とのやりとりにかなり時間を使いますよね。教員が質問して、学生が考えて・答えるという動作の間に、教員だけなら3倍の情報量を提示できるんです。情報提供がないまま考えさせて、ベースの知識がなければ考えても答えは出てこないので、さらに時間がかかる。目的が果たせなければアクティブ・ラーニングの学習効果はゼロだし、知識教授型の授業なら教えている内容を100%は理解されなくても15%でも30%でも身につけばゼロよりはましかもしれません。1つの授業の中で知識教授型のパートと、それをベースに考えさせるパートをつくるというやり方もあるでしょうが、その分だけ授業で教えられる総量は減ってしまいます。今までの専門教育では100教えていたけれど、30を考えさせる代わりに70しか教えなくてもいいですか、というようなことも考えないと難しい。特に1・2年生の段階で考えさせる授業設置し難いです。だけど、1・2年生のうちに学生と信頼関係が築けていたら3年生以降はそういう授業もできるかもしれません。



――朝倉先生はいかがですか?


朝倉先生 時間割が変わり、今まで90分だった授業が50分×2になり、途中に休憩をはさんで進める形になりました。アクティブ・ラーニングに舵を切っていこうという流れもあるので、後藤先生の言葉を借りると、私は100教えていたものを70~60に削ぎ落として、前半で考えさせて、後半はそれを踏まえた講義を行うように変えた授業がいくつかあります。アクティブ・ラーニングで知識を教えるだけでなく、ちゃんと使える知恵に変えるのがねらいです。そういう授業では、学生の名前と人となりを覚えていることもやりやすさにつながっています。先生に自分の素性がばれているので、「◯◯さんなら答えられるよね」と問いかけると照れながらも答えてくれますし。優秀な学生であればいろんな先生に覚えらますが、中間層から下の学生はそうでもないので。学生のエピソードを知って名前とキャラクターが紐づくことに意味があると思います。



――教員との人間関係が変わることが、学生の授業への関心や関わり方を変え、ひいては学習効果や、教員の教えることへのモチベーションを高めることにも影響しそうですね。


朝倉先生 最後にこちらからもお願いがあるのですが、我々の取り組みをご覧になったKさんから、今後の発展に向けてのご意見やアドバイスがあればいただけませんか?



――本番の授業を見てないのでなんともいえないのですが、千葉先生やお二人から聞く限りでは初年次セミナーはいい感じでスタートきれている気がします。より多くの先生を巻き込んでいくためにどうするかが次の課題になるんだろうと思います。授業用につくられたコンテンツも、学生がチームをつくって自主的に進めていく流れになっているようなので、そういうノウハウを多くの先生が身につけられるともっと力強くなるのでしょうね。また、教育的な観点だけでなく、学生が主体となって前向きに取り組む授業があるとか、特色ある初年次教育があるとか、そういうことで大学をブランディングできたら、ゆくゆくは学生募集にも活きてきそうな気がします。


※肩書・掲載内容は取材当時(2023年7月)のものです。



 


朝倉先生、後藤先生のお話を伺って、初年次教育のカリキュラムにチームビルディングの要素を取り入れたことの成果を、1つのモデルでご紹介したいと思います。


MITのダニエル・キム教授は「組織の成功循環モデル」を提唱されました。このモデルでは図のように、組織には4つの「質」があり、それが右回りしかしない、と考えられています。東邦大学理学部の初年次教育改革では、前回の千葉先生のお話にあったように、学生どうしの「関係性の質」に働きかけることを大きな目的としていました。そのためにチームビルディングの構造を取り入れられました。

その結果、朝倉先生、後藤先生のお話にあったように、学生が自主的に考え(「思考の質」の変化)、協力的に動く(「行動の質」の変化)風土が作られていきました。それを先生方はとても頼もしく感じておられました(「結果の質」の変化による教員と学生の「関係性の質」の変化)。先生方は学生の様子をよくご覧になり、効果的な介入を、ご自身の考えでされるようになりました(「思考の質」「行動の質」の変化)。その結果、学生の顔と名前がかなりの割合で一致するようになりました(「結果の質」の変化)。その先生方の体験は、他の授業でも活かされていく可能性が大きいと思いました。

また学生の「関係性の質」の変化は、サークル活動に参加する学生の増加、という結果につながっているように見えます。そしてそれは恐らく、学部や学科の活性化、につながっていくことでしょう。


このように一つの事柄の変化は色々な事柄に影響していきます。その影響を俯瞰して観察し、バラバラに見えていた事柄を繋げて考えることを「システム思考」と言います。ご紹介した「組織の成功循環モデル」もシステム思考の一つです。そして、初年次教育のような、多数の教員で多数の学生を相手にする教育プログラムでは、学生側のシステムと教員側のシステムの、少なくとも2つのシステムが存在します。すなわちより複雑なシステムとなっていると考えられるわけです。そのあたりに初年次教育プログラムを組むことの難しさがあるような気がしていますが、いかがでしょうか。


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