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「教えない授業」への挑戦~ファシリテーションで教育を変える【大手前大学】連載4-3

更新日:2022年6月23日

大手前大学では新入生オリエンテーションの一環として、組織開発の手法を活用したチームビルディングのプログラムを行っています。導入当初からこのプログラムの実施に携わり、現在は学生ファシリテーターの養成にも携わっている本田直也先生(現代社会学部 准教授)は、ご自身のファシリテーションへの理解の深まりとともに、教育へのスタンスの変化も感じておられるようです。連載4-2の後半では「教えない教育を徹底する」「『教える』ではなく『見守る』に徹する」という心得を語ってくださった本田先生に、大胆なシフトチェンジに挑む心境をさらに掘り下げるべく、話を聞いてみました。



――学生ファシリテーター養成のプロセスに関わるようになったことは、本田先生ご自身の教育や研究にはどんな影響を与えているのでしょうか?


本田先生 価値観が変わってきたというか、変えてきたように感じます。教員がしゃべって、学生に一律に一斉に伝える、という授業を大事にしている先生もいますし、そのことは理解しています。でも、『自己の探求』のようなプログラムをやっているから、そこを捨ててもいいという価値観を持てた気がします。



――「授業というのはみんな一斉にやるものだ」って、一般にどの先生にもある感覚だと思います。それを捨てるのは怖いですよね。


本田先生 そうですね。



――「怖さ」の正体とは何でしょうか?学生がさぼるとか、遅刻してくるとか、でしょうか?


本田先生 そうですね。はい。



――そんな怖さや不安は、本田先生にもありましたか?


本田先生 最近はないですよ。でも、昔はありました。以前ははみ出した行動をとる学生をどう戻していこうかとか、いかに遅刻を減らそうかとか、集中力が途切れている学生がいたらいかに取り戻してもらおうかとか、他と足並みを揃えることや追いついてもらうことを意識していました。でも今は、学生一人ひとりが持っている知識の前提も違うのだから、スピードも学び方もバラバラでいいんじゃないか、と思うんです。



――その価値観の変化は大きいかもしれませんね。ちなみに、本田先生のようなスタンスになると、遅刻は減るんですか?


本田先生 ちょっと増えますね。学生は「授業の冒頭を聞き逃してもビデオを見ればいいんでしょ」みたいな感じなんでしょうか。もちろん私も「ビデオではしゃべってないことを教室内で冒頭にしゃべったのになぁ、時間通り来ない人はもったいないぞ」くらいのことは言いますけどね。

でも、学生の学習自体は進むんですよ。教員の多くは、授業開始の時点で、学生それぞれがバラバラのことをしていると焦るのではないでしょうか。このコはアレをやってないけど大丈夫か?と。今の私は「今、この学生はコレをやっているからいいんじゃない」と思うようになりました。



――組織開発においてしばしば取り上げられる「成功循環モデル」にあてはめると、本田先生のそのスタイルは、まさしく「結果の質」でなく「関係の質」へのアプローチなんだと思います。先生がふるまいや態度で学生との「関係の質」にアプローチした結果、学生の「思考の質」が変わっているということですね。

大学でこういう話をすると「では、学生とどうやって仲良くなればいいのか?」と質問を受けることがあります。でも、関係の質を改善するというのは友達関係を築くということだけではないんですよね。本田先生の場合は「一人ひとりのスタイルを受け入れる」ということ自体が関係の質を変えているんだと思います。



本田先生 「関係の質」が変わった、というのはわかる気がしますね。このアプローチはまだやりはじめて日が浅いのですが、まだまだ奥が深いと思っています。私の授業では記録上は出欠をとっていますが、出席点はありませんし、何回休むと単位を出さないなんて言ったこともありません。ですから、究極的には教室に来なくていいんです。でも、やっぱり学生は来るんです。「授業だから行く」と何も考えずに来ている学生も多いでしょうし、「友達も行くから私も行く」という人もいるでしょう。しかも、その場に来ても一人ずつやることはバラバラで、それでもそれを体験しに来る。ゆるさはあるので遅刻は増えましたが、欠席者は増えることなく、来るんです。



――「行かなくても単位習得できる」と分かれば、行かなくてもいいや、となりそうですが…


本田先生 昔の大学ってそういう感じでしたよね。私もそっち派でした。でも、私の授業では、教室に来なくても教材が配信されて、再生すれば課題も解けて、単位習得できるのに、教室に来る。それは、「関係の質」が変わって、そういう関係の中で学びたいからだと思うんです。

その正反対がeラーニングです。コロナの時代になり、家にいて動画で学ぶだけでは満たされていないんです。私はeラーニングに近いものを教室に持ち込んではいますが、彼らは来て学びたいんです。



――「内発的動機づけの3要素」に必要なのは自律性・有能感・関係性と言われますが、本田先生のスタイルは「自律性」をすごく担保しているように見えます。「来てもいい、来なくてもいい」「動画を見てから解いてもいい、先に解いて後で動画を見てもいい」と学生に委ねている。もっといえば、友達同士のように仲が良いわけでも、会話による直接的なコミュニケーションをとりわけたくさん取るわけでもないのに、学生との関係性も構築されている。こういう教え方にするのは勇気がいったと思いますが、とても興味深いですね。


本田先生 一斉にやっても足並みが揃わないとか、一人ひとりが持つ知識の前提が違っているといったことを課題だと感じていましたから。全員一律の授業をやっても通用しないならバラバラでもいいと思えたのでやってみたんです。



――社会は多様性を認める方向へとシフトしようとしていますが、日本の教育の世界では未だに「一律に」が優先されているように見えます。


本田先生 最近、文科省から発信されるようになった言葉に「個別最適の学び」、いわゆる「アダプティブラーニング」というものがあります。すでに初等教育では、一人ひとりが持っている基礎学力や習熟度が違うので、一律の宿題はやめようというような動きが始まっています。「全員、ドリルを何問やってきなさい」という宿題は昔のやり方で、一人ひとりにその時々で最適な学びがあるはずだから、このコにはこのページのここを宿題にして、別のコにはドリルでなく別の課題を与えるなど、一律の宿題はやめよう、というものです。もちろん、まだ全然実現できていません。そこでポイントになるのはICTの活用です。一人ずつ違う宿題を配布するうえで、紙で40人分のプリントを用意するのは物理的に難しいしですが、個別に能力や習熟度を測って、データを蓄えて、それに基づき配信するにはICTの得意な領域です。これは「関係の質へのアプローチ」とは関係ありませんが、教材の最適化というテクニカルなテーマも注目されつつあるものではあります。



――なるほど、先ほどお聞きしたeワークシートをはじめとするICTを活用した学び方と、チームビルディングで学んだファシリテーションとを融合して、本田先生オリジナルな授業が編み出されているわけですね。

最後にもう一つ、別の角度からの質問をしてもいいでしょうか。これから大手前大学の授業はどのように変化、発展していけばいいと思いますか?


本田先生 もう少し教員が教育の改善のヒントを学生から得ようとする流れが生まれたらいいなと思います。学生の言うことに耳を傾けたり、彼らを観察観測したり。「キャリアデザイン0.5」「PBL特別演習」のような特殊なプログラムでは学生も声を発しやすいと思うのですが、そうではないいわゆる講義的な科目でも、学生の声を拾ってそれを活かす動きがもっと起きたらいいのではないでしょうか。もし私が教員向け研修を組み立てる立場であれば、次はそこにアプローチしたいですね。アンケートや聞き取りなど、いろんな形で学生さんから出てくる声を拾ったうえで何ができるのか、やってみたいですね。



――実は「キャリアデザイン0.5」の学生ファシリテーター養成研修の内容にも、学生の声が反映されています。しかも、学生の方から「こうした方が学びが深まるんじゃないか」と言ってきてくれたものなんです。共にプログラムに取り組む教職員と学生のスタンスが「関係の質」を刺激して、学生の「思考の質」が変わり、「行動の質」の変化につながった。こうして自然と学びが進んでいくんだなと思いました。本田先生のねらいもそういうところにあるんですよね。


本田先生 はい。あまり行われていないアプローチですし、今なら埋もれているものを掘り起こせて有益なのではないかと思うんです。



――本田先生は自分で考えて授業を変えたり新しい試みを取り入れたりされていますが、どんな学びの場や仕組みが理想だと考えているんでしょうか?


本田先生 ここは教育機関なんです。人を育てることを仕事にしているんです。なのに、学生を育てる仕事には必死ですが、教職員が育つ仕組みについては、あまり意識して運営されているようには感じられなくて。組織的に、構造的に教員職員が伸びていく仕組みになっていないのはおかしいのではないかと思うんです。「さすが、教育機関では教員も職員も伸びるね。仕事を通して教育されて教員も職員も変化していくね」となればいいのにと思います。みんなで成長することを意識して、みんなが育つ組織になれば面白いですよね。


※肩書・掲載内容は取材当時(2021年12月)のものです。


 

 本田先生の最後のお言葉「ここは教育機関なんです。(中略)なのに、学生を育てる仕事には必死ですが、教職員が育つ仕組みについては、あまり意識して運営されているようには感じられなくて。(中略)組織的に、構造的に教員職員が伸びていく仕組みになっていないのはおかしいのではないかと思うんです。」と言うお言葉は、とても重要なことをおっしゃっているのではないでしょうか。FDなどを組織的に実施することが求められてはいますが、どのようにすれば効果的なのか、まだまだたくさんの実践と共有が必要だと思います。

 また本田先生は、そうおっしゃるだけでなく、eワークシートを導入して、eポートフォリオを実践した上に、他の先生にもそのノウハウを提供されたり、コロナ禍の際には、オンラインチームビルディングを取り入れ、他の先生にも声をかけて一緒に実践されたりと、周囲の先生を巻き込んでいらっしゃいました。このような動きを先生個人の努力に委ねるだけでなく、組織的なものにしていくにはどのようにすればいいのでしょうか。正解は一つではないと思いますが、これからはそのような組織的な取組が、特に重要になってくるように思いました。



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