top of page
  • odlabo

学生が自ら動く授業のつくり方。教育ファシリテーションのヒント【帝京大学】連載3-3

今回の連載では、帝京大学八王子キャンパスでは就職活動に特化したゼミ形式の科目「キャリアデザイン演習」を取り上げて紹介しています。連載3-1,3-2では早期内定獲得や希望の業種・業界への就職を実現する学生が多い樋口ゼミの取り組みに焦点を当て、学生の積極的なアクションを引き出す仕掛けや講師のスタンスを探ってみました。ゼミの活動テーマは「就職」ではあるものの、講師の口から語られた内容には、「学生の主体性を引き出す」という観点でも多くの示唆に富んでいたように思えます。他者とミッション・ビジョンを共有することの意味、コミュニケーションが活発になる場づくりの工夫など、組織を活性化することが個人のモチベーションやスキルを高めることにつながっているようです。ゼミや授業、課外活動において学生が自ら動き出すように、教職員はいかにファシリテーションすべきか?そんな課題を持つ方に、今回の事例紹介を通してヒントも見つけてもらえたら幸いです。




――ここまでの話を伺って私の中に生まれてきているものを共有させてもらってもいいでしょうか。弊社が提供しているチームビルディングプログラム『自己の探求』の中で、グループでコミュニケーションについて話し合う実習があるのですが、その理解を深めるために配られる資料がこれです。これは『自己の探求』を作られた北森先生からお預かりしたものなのですが、この資料では「コミュニケーションの力を発揮するために」ということで、5つの項目が挙げられています。私はこの資料を初めて見た時にハッとしたんです。それまで私は「コミュニケーションとは伝えることだ」と思っていて、伝え方を工夫することを考えていたんですが、その資料で最初に挙げられているのは「よい聴き手であること」なんです。さらに、表に出てきた言葉だけでなく、相手が何考えているのか、その背景に思いをめぐらせることの大切さにも言及されているんです。樋口ゼミの取り組みや、樋口さんや竹岡さんが指導していることは、まさにこういうことなんだろうなと思いました。




竹岡さん 私は別の場所ではマネジャー研修の講師もしていますが、僕は言うのはこれだけです。「あなたの仕事は指示することでも、指摘することでも、管理することでもありません。聴くことと、引き出すことと、一緒に考えることと、せいぜい示唆することです」と。



――それはファシリテーションにもつながることですね。そのスタンスはどこで身につけられたのですか?


竹岡さん 前職でのマネジメント経験でだと思います。上司が指示すると、部下が考えてモチベーションで動く組織であれば、それでいいのだと思います。ですが、今は正社員だけではなく、契約社員や派遣社員、業務委託という働き方の人も増えています。さまざまなバックグラウンドをお持ちの社員や、契約形態の異なる人が集まる組織の場合、指示するばかりのマネジメントをしていると管理職はめちゃくちゃ忙しくなるでしょうね。だから、みんなが能動的に動いてくれたほうがラクだと思うんですよ。



――だから、ラクにマネジメントをするにはどうすればいいかを考えると、その根底にあるのはメンバーのモチベーションということなんですね。よくわかります。実はそれって、今、大学の先生たちが抱えている課題ともつながるように思いますね。


竹岡さん そうなんですか?先生方はどんな課題をお持ちなのでしょうか?



――学生が自分で考えたり、モチベーションを高めたりできるようにするためにはどうしたらいいか、ということが一つの課題になっているようなのです。それは今までは特に文系学部など、入学時点で将来像があまり明確でない学生が集まっている学部の課題でした。ところが、最近では、入学時点で目指す将来像が明確であるはずの医学・歯学・薬学系学部の先生方も同様の課題を感じておられるように思います。「能力が高い学生が入学してきて、教員が指示をすればそれ以上のことを自ら考えて行い、国家試験に合格していたのに、今はそうでなくなっている」とおっしゃるんです。


竹岡さん なるほど。先ほどの正社員の話みたいなものかもしれませんね。



――若者が少なくなって、幼い頃から大人に優しく接してもらうことに慣れていて、みんなから手を差し伸べてもらえるのを待っている学生。そんな学生に対する先生方は「部下に指示することで忙しくなる一方の管理職」と同じ構図なのかもしれませんね。手をかけすぎて、学生が教員に依存的になり、主体性が育まれず悪循環になっているのかもしれません。

話題は変わりますが、キャリアセンターの方が「樋口ゼミといえばチームビルディング。学生の雰囲気も他のゼミとは違っていて、就職が決まるのも早い」とおっしゃっていました。竹岡さんが他のゼミとの違いを感じることはありますか?


竹岡さん 他のゼミのことを詳しく知っているわけではありませんが、私たちのゼミにはバーチャルカンパニーのような仕組みもありますし、学生たちがかなり主体的に活動していますから、そういう見え方になっているのかもしれませんね。少ないながらも他の先生からゼミの話を聞いたことがありますが、樋口ゼミとはちょっと違う様子だったように思います。学生の能動性も主体性も違うし、先生が授業するスタイルも違いますしね。でも、それは授業をやる側の意識で変わる面もあるわけですし、実際、樋口さんと私で何年かやってきて変わってきたところもありますからね。



――学生が変わるのを待つのではなく、教員が授業を変えることが学生が変わることになる、ということですね。


竹岡さん ゼミにいくつかの研修を挟みながら、チームビルディングの考え方を装着して、ビジョン・ミッションの設定と相手のことを聞き出す・引き出すマネジメントの初歩のようなプログラムを取り入れて組み立てたら、私たちがやっていることを他のゼミに汎用することも可能かもしれませんね。



――ノウハウを水平展開する発想ですね。他の人が指導しても、ある程度の成果を再現できるモデルができれば、大学にも、キャリア教育全般にも貢献することになりそうです。竹岡さんは自分が関わる学生にどんなことを実現してほしいと思っていますか?


竹岡さん 4年生のレベルが上がり、その結果、3年生がいい就職を実現できること。そして、4年生が社会に出た時に市場価値の高い人材になっていること。この2つですね。



――「いい就職」をもう少し噛み砕いていただいてもいいですか?


竹岡さん 自分が行きたいところに行くこと。知名度や一部上場企業かどうかに関係なく、自分が行きたい企業を選び、選んだ企業に選ばれるのが一番いい就職でしょう。ただ、樋口ゼミでは、行きたいところと世間のネームバリューが一致する学生も増えています。2022年はアース製薬、2021年は小田急電鉄、アシックスに内定した学生もいましたね。



――さらに「いい就職」の数を増やすための方策として、今後はどんなことが考えられますか?


竹岡さん 物足りないのは、授業中は割りとみんなで和気あいあいと活動しているのに、いざ就職活動になると自分一人でやっているとか、相談できる友達と2人だけで活動していることもあるということです。


樋口さん そう、結局自分の殻に閉じこもってしまって、自分の活動状況をみんなと共有しなくなっちゃうんですよね。


竹岡さん 1月上旬に3年生の授業が終わってから、3月1日に就職情報が解禁されるまでの2ヶ月間、ゼミの誰が何をしているのかという情報がまったく入って来なくなりますよね。


樋口さん 情報解禁日直前にゼミのグループラインにこちらから学生に状況を問う投稿を投げかけたら「まだ業界を迷っています」と言い出す学生もいて。最近はもう少し早めに情報交換するようにしているので、早めにそういう状態の学生をピックアップしてフォローできるようになったんですけどね。


竹岡さん 内定をいくつかもらっても、本当に行きたいところを求めて就活を続ける学生もいますし、内定はあるけど就職先が決まっていないという学生もいて。


樋口さん 反対に、早々に内定をもらって、「ここでいいと思っているんで、もう第一志望の企業を受けない」と言い出す学生もいますし。グループライン上でゼミ生同士が会話はしているけれど、お互い「わかる、わかる」と言いあっているだけになっているようにも見えます。それに、今どきの学生は内定を取ると取っていない人のことを気遣って「褒めないでください」というんですよね。それで、今は私が内定報告をもらったら、その情報をグループに配信するようにしています。それもやり始めた当初はメンバーからの反応がなかったんですが、ようやく今は「おめでとう」という反応が出てくるようになりました。私は就職前の準備段階だけでなく、就活中も、内定をもらってからも、どんどんみんなに情報共有しながら、チームでいい就職を実現する形をつくっていきたいと思っています。



――今の学生さんは、悪目立ちしたくないのはもちろんのこと、良い行いでも目立ちたくないんでしょうね。「皆の前でほめないでください」といういい子症候群の学生さんたちが、殻を破って、お互いの内定状況や進捗状況の情報共有が進み、意見を交わしたり受け止めたりできるようになった時、どんなことが起こるのか、非常に興味深いですね。



※肩書・掲載内容は取材当時(2022年10月)のものです。


 

今回は、ゼミをバーチャルカンパニーに見立て、チームビルディングの力を活用しながら、4年生が3年生を育てていくゼミのお話を伺いました。

ゼミの中に5つの部署を作って、全員が各部署に所属しながら、ゼミ活動を学生自身が活性化していく仕掛けや、ホームカミングデーを企画してゼミの卒業生の力まで活用する仕掛け、個人戦になりがちな就職活動に対して他者の活動にも関心を持ってもらうような仕掛け、などなど、様々な工夫や仕掛けについて教えていただきました。ただ仕掛けを模倣してもその通りにならないのは世の常です。仕掛けだけではなく、同時に学生の主体性を促す働きかけ、いわゆるファシリテーションのスタンスの両輪が大切であるように思いました。それは最後に少し触れられた「ゼミにチームビルディングの考え方を装着して、ビジョン・ミッションの設定と相手のことを聞き出す・引き出すマネジメントの初歩のようなプログラムを取り入れて組み立てる」ことで実現できるのかもしれません。

bottom of page