中四国地方有数の規模を誇る医療系総合大学の広島国際大学。薬学部(2004年設置)では、これまで国家資格を有する専門職業人を育成するため、学力の底上げのためにリメディアル教育などを実施しておられました。しかし、手厚いサポート一辺倒では学生の自律(自立)を促すことはできないとの視点から、入学生初年次教育の下地づくりのためにチームビルディングプログラムを導入されました。薬学部設置当初から在籍し、教育・研究の現場で学生と関わり続けてきた2人の中堅教員:兒玉 安史先生(准教授)・金子 哲夫先生(准教授)は、学生の気質の変化や新たな取り組みに対してどのように感じておられるのか、話を聞いてみました。
兒玉 安史先生(左上)・金子 哲夫先生(右上)
――まずは先生方のプロフィールについてお聞かせください。
金子先生 専門は生薬学、天然物化学で、植物などの中にある薬効が知られていない物質を探索する研究をしています。大学院修了後はアメリカ国立衛生研究所で約5年間博士研究員をしていました。帰国後は、創薬ベンチャーに2年ほど勤務しておりましたが、本学に薬学部が設置された2004年に着任して現在に至っています。
兒玉先生 私は科学や医学、教職取得にも興味があったので、これらを総合的に学べる薬学部に進学しました。大学院修了時に本学薬学部が設置されたことを機に就任して現在に至っています。専門は実験病理学で、主に実験動物を用いて病態形成に関する研究をしています。
――お二人とも薬学部設置から約20年間、ここで過ごしておられますが、学生の変化を感じることはありますか?
金子先生 最近の学生はある意味真面目だと感じています。以前は授業中の私語が多く、「教室を出ていけ」などと言うこともありましたが、今の学生は大人しく、授業中の私語も皆無です。もちろん、静かにしているからと言って、理解しているとは限りませんが。
――真面目さと理解度が連動していないと感じるのは試験の成績からですか?
金子先生 それもありますが、こちらが言うことが頭に残っていないと感じることが多いです。しかも、メモを取る習慣がない学生が多く、実習時に操作手順を説明しても、直後に「次に何するんですか」と質問してきます。
――その場その場で指示されたことしかやらないわけですね。そのままの状態が続くと、社会に出て困りそうですね…
兒玉先生 確かに以前は何かあればすぐに隣の人と話していたから教室がもっと騒がしかったですが、今の学生は何かあればすぐスマホ。コミュニケーションの対象が人からスマホになり、掲示板をメモする行為もスマホのカメラで撮影するなど、記憶媒体もスマホ頼みで頭に留めようという習慣が少なくなりました。
私も若い頃は学生との交流が盛んでしたが、次第に年齢的なギャップができてきたせいかそういう関係も希薄になってきました。また、薬学部が4年制だった頃は時間的にも学問的にも今よりゆとりがありましたが、6年制になって科目数が増え、教員にも学生にも時間的制約ができてきて、学生との関係も徐々に希薄になってきたと思います。課外活動を楽しむ学生も減っている気がして、少し悲しい話ですが、学生生活が勉強、課題・レポート、スマホで占められているという感じですね。
金子先生 確かに6年制になった2006年以降、一変しました。学生も、教員も、国家試験に出るから勉強する・させる、という感じになった気がします。
――とはいえ以前は、授業中の私語は多くても、国家試験には合格していたんですよね?
兒玉先生 1期生の薬剤師国家試験合格率は全国1位でした。当時のほうがのびのびと学習していたのではないでしょうか。国家試験対策予備校に頼っていたわけでもなく、当時は今より薬学部教員による国家試験対策は十分にできていませんでした。
金子先生 それでも2期生の国家試験合格率もかなり上位でした。
兒玉先生 ゼミ単位でちょっと国家試験対策をやったくらいで結果を残せていたので、それでいいと思っていました。それが次第に合格実績も厳しくなっていき、「アレをしろ、コレをしろ」とやることが増え、のびのびと過ごせなくなったからかもしれませんが、成績は下がる一方で。教員が熱を入れるほど合格実績が下がっている気もします。
――学生側に「興味持って学ぶ」というエネルギーが枯れているのかもしれませんね。
金子先生 高校で勉強する習慣がない学生も増えているように思います。
兒玉先生 ゆとり教育や反競争的教育など、大学に入るまでの教育も変わってきているからかもしれませんね。
――大学とは本来、自身で好きなことを見つけて学ぶ世界のはずですが、そもそも学ぶ習慣がない学生が入学してくるとは…難しい問題ですよね。そこにどのような対応をされたのですか。
金子先生 学ぶ習慣や学力が足りないからと、多くの教員が課題を与えるのですが、それが負担になっているようです。課題に追われ過ぎて学生側に時間的余裕がなくなっています。
兒玉先生 私が講義を担当するようになったのは今から10数年前からです。その頃から留年率や学力低下が問題になりはじめました。そこで、山口先生(現学科長/本連載1-1~2で登場)を含め有志4人で教育推進部門を立ち上げ、現状を把握するための行動を起こすことになりました。
――兒玉先生がそのメンバーに加わった動機は何ですか?
兒玉先生 このままではいけないと薄々気づいていたので、現状を知るいい機会になると思いどちらかといえば興味津々で参加しました。自分で考えたことを行動に移せられるのも理由の一つです。
――山口先生はIR担当もされていると聞きましたが。
兒玉先生 教育改革の前段階にあたる取り組みで、対策をとるにあたって本学薬学部の現状を把握することにしました。現状解析の結果、今までとは学生が変わってきていて、与えられることしかやっていないとか、自立していないとか、学力が定着していないとか、様々な問題が見えてきました。6年間を通してみるとそれらの問題に最も影響するのが初年次だということがわかり、その頃から初年次教育対策を開始しました。
――初年次の問題とは、具体的にはどんなことですか?
兒玉先生 入学時の学力が足りない学生は留年率も退学率も高く、踏ん張って進級したとしても卒業が困難になっているという現実を突きつけられたのです。解析結果から、そもそも勉強の仕方がわかっていないのではないかということが考えられました。
――そこで、具体的にはどのような対策を行ったのですか?
兒玉先生 まずは基礎学力の向上が求められるので、薬学専門科目の橋渡しになる学部独自のリメディアルプログラムを導入しました。1年前期の基礎理数系科目を担当している先生方にご協力いただいて、「この知識は身につけておいてほしい」という内容の問題を集めた「薬学基礎ドリル」をつくりました。1年生には週1回の学修指導日があるので、担任を通して課題に取り組んでもらったり、グループワークをしてもらったりしました。さらに、一週間の学生生活の中で心に残ったことや気になったことを書く自由作文の課題も出しました。担任が読んでコメントを返す交換日記のようなものですが、このやり取りを通して先生方に担当している学生を理解してもらうようにもしました。
これらの取り組みを通して期待していたことは、基礎知識を定着させるとともに、教員が学生の学修状況を把握し、学修習慣を身につけさせ、学修意欲を高め、さらには学生-教員間のコミュニケーションを増やして信頼関係を構築するといったことです。効果を期待して数年間取り組んだのですが、この取り組みは一旦終了させることになりました。なぜなら、こちらが与え続けているだけでは勉強しない学生に勉強させることはできますが、学生が自立して学修できるようにならなければ意味がないと気づいたからです。自立した学生を育てるためには、自分で気づき、自分で改善して、自信をつけて意欲を引き出す過程が必要ではないか。そこで、ドリルの代替として、学修ポートフォリオを毎週課すことにしました。今は、1週間の学修を振り返って気づきや改善点を記し、今後の改善策を考えて取り組んでもらっています。
――いろいろな対策を練り、実行に移しておらましたが、2023年入学生に対しては弊社のチームビルディングのプログラムを導入いただくことになりました。こういうものを実施すると最初に聞いたときの先生方はどのような印象を持ちましたか?
金子先生 グループワークに参加しない学生が出る恐れがあるという不安はありました。他学年の授業でグループワークをする時も発言しない学生がいますが、幸いにも今年の1年生にはそういう学生がいなかったようです。
兒玉先生 金子先生もおっしゃったように、孤立する学生や参加しない学生がいたらとどうしようとは思いました。本学部ではこれまで新入生イベントは毎年行ってきたのですが、全員が参加することはありませんでしたしね。大学に来なくなる学生をつなぎとめることも当プログラムの一環なのに、そもそもそういう学生が参加してくれないなら意味がないのでは、とも思ったりしました。
――お二人とも、チームビルディングにポジティブなイメージを持てないまま、4月の本番を迎えたようですね。新入生だけでなく先生方にも2日間みっちりプログラムを体験していただいたと聞いていますが、いかがでしたか?
金子先生 「疲れた」というのが本音です。学生からもそのような感想を聞きました。
兒玉先生 新入生は、やりなさいと言われたことに従うだけなのでそれほど抵抗はなかったのでしょうが、教員は学生と同じプログラムをフルで体験させられることになって少々抵抗感があったのではないでしょうか。また、今回は「新入生のサポートをする人」を募って在学生に集まってもらったのですが、グループ編成の都合で実際に新入生と同じグループでプログラムを体験できたのは13人だけでした。その他の人は在学生だけでチームをつくってプログラムを体験してもらったので、「自分が求めていたことと違う、もっと新入生と関わりたかった」と、辞退者も出てしまいました。
――そうでしたか、先生や在学生の期待には沿えなかったようですが、新入生の様子に例年とは違いは感じますか?
金子先生 2日間のプログラムでかなりコミュニケーションをとっているので、入学直後から新入生同士でスムーズに会話できる印象はありました。しかし、2ヶ月が過ぎたこの時期では、例年とそれほど違いはないと感じています。
兒玉先生 1年生の授業を見学にいくと雰囲気が明るかったですね。例年初回の授業は「初めまして」な雰囲気で、お互いに遠慮しながら過ごすものですが、今年はみっちりとグループワークをしてチームができあがっていたので、初回の授業から会話も話し合いもできていました。パソコンの設定作業の時も、遅れ気味の人がいるとすぐに隣の人や同じチームの人がサポートに入っていました。そういう姿はこれまでなかったことなので、チームビルディングがあったからできたことだろうと思います。金子先生が言われるように2ヶ月経つと例年とそれほど変わりませんが、試験結果など今後の活動にどう影響するかは気になるところです。
※肩書・掲載内容は取材当時(2023年5月)のものです。
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