十文字学園女子大学では、2021年度より共通教育に「異学年・異学科」の学生でクラスを編成し、学生が主体となって設定した課題の解決に取り組む行う2つのゼミ科目(課題解決ゼミナールと総合ゼミナール)を開設。全15回の授業のうち、序盤・中盤・終盤の計4回に学外からゲスト講師を招き、チームビルディングの理論や解説を行っています。科目担当の星野 祐子先生(教育人文学部 文芸文化学科・准教授)は、毎回授業終了後に学生に感想コメントの提出を求め、リフレクションを行っておられます。グループ活動の成長のプロセスと、気づきを言語化する一連の取り組みは、第28回 大学教育研究フォーラムで「大学教育における組織開発的アプローチの探求」として発表されました。発表時のスライドをもとに、グループ活動のプロセスを言語化することで見えてきたチームビルディングのポイントについて話を伺ってみました。
――星野先生は日本語学の研究者でもあり、学生の書き言葉から気持ちを受け取り、分析することにも取り組んでおられますが、分析の手法や、そこから分かったことを教えていただいてもいいですか?
星野先生 学生のリフレクションは毎回とっているので、毎回一覧にして、授業で学生たちが感じたことを俯瞰して捉えていきます。そこで得られたことを次時に活かすといった感じです。例えば、チームができあがっていない初期の頃、学生たちの心境の記述に注目したところ、悩みごとの記述に加えて、「弱いところを共有できてよかった」「お互いを知ろう」と前向きな記述がみられました。つまり、徐々に打ち解けていく姿がみられたので、次時では距離を縮めることに注力しました。
その一方で、「距離が縮まっても、仲良しさんが集まるだけでは授業として成立しないので、もっと企画を立てるにあたって望ましい環境をつくりたい」ということを書いた学生もいました。「単に知り合った」という段階から、「一緒に企画をするための仲間になっていく」には、話し合いの環境づくりが大事であることにも気づきました。
中期になると、基本的なところで心は通じているんですが、実際に企画に落とし込む作業に入ると難しさも出てくるんですね。「仲良くなれたので心地良い」という声がある一方で、仲良しなだけでは組織も企画もうまく回らないので、時には意見がぶつかることもありました。それを「いやだ」「意見対立がこわいので意見を言えない」と書いている学生がいたんです。授業の冒頭でそのことに触れて、「それについてみんなどう思う?」と投げかけると、「意見がぶつかるのはみんなが真剣に考えている証拠だからいいんじゃない」という声が出て……。ちょうどその頃、ゲスト講師としてラーニングバリューさんに授業に入ってもらえて、タックマンモデルの話を聞けたことで「私たちは間違ってないよね」と確認できたということもありました。
――意見のぶつかりあいやチームが混乱期にあることは、問題ではなく過程の一部であることが分かると、状態を客観的かつ冷静に受け止められるようになったんでしょうね。
星野先生 さらに企画を進めないといけない段階で、ある学生が思っていたことと、別の学生が思っていることが実は違っていたということがありました。そのことが明るみになった際、ある学生から「もう一回目的を確認しなくちゃ」という意見が出ました。そこで、そのすり合わせも中期に行いました。
「私は今までの話し合いの中で目標は統一されていると思っていたけれど、違っていたみたい。では、どうする? 一度決めたことや考えたことを改めてふりかえってみよう、共有してみよう」ということに気づいたわけです。それもいい姿だなと思いました。
星野先生 最初のうちは、「みんなでやろう」だったのが、活動が進むうちに、「私は絵を描くのが得意なのでここを担当します」というように、うまく役割が分担されていくということが起きたのも中期です。その結果「自己肯定感が高まった」とか「今までは意見を言えなかったけれど、昨日から考えていたことを言えてよかった」と、少しずつ自分のことを認められるようにもなってきました。
例えば、児童教育学科の学生は人前に出て話すのが得意だとか、文芸文化学科の学生なら人前に出るのは苦手だけど絵を描くのは得意だとか、社会情報デザイン学科ならパソコンが得意で動画を作れるとか、自分の持ち味を共有するようにもなっていって。これは異なる学科で集まったからこその良さだなと思いました。そして、さらに次の段階では、各々を活かすことで組織が成長することにも気づいています。
――一連のチームの状態をまとめたのがこのスライドですよね。特に興味深いのは初期~中期までの流れです。多くの場合、チームでこれから何かをしようとする時は、「リーダーを決めましょう、役割決めましょう」からスタートすると思うんです。これは私の仮説ですが、小学校で学期の最初に学級委員長などの委員を決めていたせいか、私たちには「まず役割を決めてから仕事をする」という先入観があるかもしれません。でも、私はチームビルディングのプロセスをふりかえってみるたびに、必ずしも役割を最初に決めたほうがいいわけではなさそうだと感じていたんです。
星野先生 言われてみたら、そうですね。専門ゼミでは最初にゼミ長を決めるのですが、どうして課題解決ゼミナールでは最初に役割を決めなかったんでしょうかね? 確かに「役割決める」が中期になっていますよね。
――弊社が提供する「自己の探求」というチームビルディングプログラムがあるのですが、その最後の方に課題解決実習のグループワークを行います。実習後にふりかえりを行うと、うまくいかなかったチームは「役割を決めたらよかった」と言うんですが、うまくいったチームに聞くと「役割は自然と決まった」と言うんです。そうなると、果たして役割を最初に決めたら実習はうまく進んだのか、という疑問が浮かんできます。最初に決めた役割は、自分以外の役割への無関心につながるかもしれないと思うのです。
様々なプロジェクトについても、役割を決めずに始めると、チームビルディングの進展とともに自然と役割分化が起きます。また途中で混沌としてイライラしていることも、今の気持ちや考えていることの分かちあいを進めることで、結果としてチームの成長につながることもあるように思うんです。
星野先生 2021年度の課題解決ゼミナールはハイフレックス型授業でした。10人が一同に教室に集まることはなく、学籍番号偶数チームが対面なら、奇数チームはZoomのように、分かれて授業を受ける形態でした。ですので、とりあえず連絡係は置くようにしたんです。でも、それはリーダーでなく、あくまでも連絡係で、全員に連絡がいきわたっているか確認するための便宜的なものでした。リーダー役というような学生はいなくて、最終的には「私はここを担当するね」と役割がどんどん決まっていったという感じです。
――星野先生の課題解決ゼミナールのプロセスからも、お互いのことを知り合って、ここがあの人の強みだと認められるようになるとか、最初のうちは恥ずかしくて言えなかった自分の得意なことを言えるようになってからのほうがもっといい役割分担ができるんじゃないか、という仮説が考えられますよね。小・中学校のクラスづくりでも、最初に役割や計画を決めずに、お互いを知り合うことから始めるというパターンもアリかもしれませんね。
星野先生 小中学校では時間も限られていますし、とりあえず、学級開きをしたうえでクラスを運営していかなければなりません。ですので、効率性を考えるとなかなか難しい面もありそうです。でも、最初にチームのメンバーと関わることを大事にすることで、中盤でグッとチームビルディングが進むこともあるので、結果的にかかる時間は同じくらいになるのかもしれませんね。初期の段階をじっくりやって、メンバーがお互いのことを知ったうえで活動するほうが、その後は効率よく進むというのは納得できます。
――最初に相互理解を深めようとすると、確かに時間はかかりますが、その後の活動における主体性も全然変わってきますからね。
星野先生 そうですね。“やらされている感”はないですね。
――そこが私もキーポイントのような気がしています。こうしたグループ活動を設計する人の多くは、最初に計画を立てて役割を決めて、計画通りに進めるための指導をしている気がします。でも途中でグループがうまくいかなくなることもありますからね。まさに星野先生の観察から見えてきた「役割分担は中期で行う」という流れは、もしかするとチームビルディングにおける自然な流れなのかもしれませんね。
星野先生 今の学生は目立つことを嫌って、力があるのにリーダーに手を挙げられないこともあります。でも、こういうチームづくりのモデルの方が今の学生に合うかもしれないですね。
――そうですね。でも今どきの学生だけじゃないかもしれません。星野先生が、学生のリフレクションから導きだした、個を知る⇒個の強みを活かす⇒組織として成長する、というチームビルディングの流れはとてもロジカルだなと思います。
星野先生 フォーラムで発表する機会をいただけたので、自分自身もこうして気づき、まとめることができました。そして、今のインタビューで、私がこれまで感覚的にしてきたことを、理論的に解説していただけて、ありがたく思っています。課題解決ゼミナールでの取り組みは、自分の専門の日本語学からも遠くて、教育学とも違うだろうなと思っていましたが、そうじゃないんだということに、今回のインタビューで気づきました。
――課題解決ゼミナールの学生の成長を数値で表したスライドもありますが、これについても解説していただけませんか?
星野先生 毎回、学生の自由記述でリフレクションを行っていましたが、イベント終了時の最終回だけは、ルーブリックを示して「本学の望ましい学生像の指針に合わせて、自身の伸びたところをチェックしなさい」という形で回答してもらいました。履修者10名中9名が回答した結果をまとめたものがこれです(その力が身についたと回答した人数がスコアになっている)。人数は少ないんですけど。
授業では、私が指導することより、学生同士が話し合うことに重きを置いていたので、「話し合う力」は伸びたと感じているようです。また、話し合いの仕方についてもどうすればいいのかとみんなで情報共有する時間を多く設けたので、こういう結果につながっているのかもしれません。こうしてみると、私のベースが日本語学にあるところが学生にも影響しているのかなという気がします。
そして、今、こうしてインタビューを受けながら自分の実践を振り返ってみると、私はこういうことを指導したい教員なんだなとか、こういうことを大切にしている教員なんだな、という自分のポリシーを感じることができます。
――私は星野先生が学生の「気持ち」を引き出そうとされていることも、この結果に影響しているような気がします。
星野先生 このスライドはフォーラムの発表用にまとめたもので、いつもならその時だけで終わってしまうのですが、時間をおいて見返したことで自分を内省でき、あの時はこんな気持ちだったのだと指導者としての気づきにもなりました。
――イベント開催も含めて15回の授業で学生の成長を見てきたわけですが、最後に全体をふりかえって感じたことをお聞かせください。
星野先生 学生は、今後、授業でも社会人になってからも、さまざまな組織に所属し、他者との関わりを重ねていきます。今回の授業では、ラーニングバリューさんにご支援いただき、学生も私も「組織の成長」を学ぶことができました。他者との衝突など、これまで避けていたことも、組織の成長に必要であることや、そのベースには相手への信頼が必要だということにも気づけたのではないかと思います。
また、自分と似たような人とではなく、学びの履歴が異なる他者と関わることで、今までは見えていなかったことも見てみようとするとか、他者の良さに気づいたり引き出したりしようとするといった積極的な姿勢も見えました。
モヤモヤしたままプロジェクトを進めるとモチベーションが下がってしまうので、うまくいかない時に感情や違和感を共有することも、組織を強くするにあたっては大切なことだと実感することもできました。そして、素直に気持ちを共有する場の大切さは、ゲスト講師のラーニングバリューさんに教えていただいたことでもあります。
今後は、課題解決ゼミナールの経験を活かせる場を学生に提供することが大事だと思っています。伸びしろのある学生に対して、「これに関わってみない?」と次のステップやプロジェクトを紹介することで、さらに成長することができると考えます。正課内でも正課外でもよいでしょうね。こうした系統立てたカリキュラムの構築は大学全体で考えていくことだと思いますが、私自身もできる限り、学生が伸びていく機会を提供していきたいです。
※肩書・掲載内容は取材当時(2022年6月)のものです。
星野先生とのやり取りは、とても刺激的でした。先生が毎回の授業後の学生さんのリフレクションを残しておられ、先生のご専門の観点から分析されていたので、日頃我々がチームビルディングの進展を感覚的にとらえていたものが、質的な変化として文字に表されたように思います。そしてそれは、「タックマンモデル」の5つの期のうちの最初の3つの期の変化のプロセスを見事に表していたように感じました。すなわち「形成期(Forming)」の学生はどのような状態なのか、「混乱期(Storming)」では気持ちの中でどんなことが起こっているのか、それを乗り越えた「統一期(Norming)」では何が起こるのか、と言うことです。またそれが知れたことで、それぞれの段階から次の段階への変化をどのように促していけばいいのかのヒントも得られたように思います。
改めてチームビルディングのプロセスの奥深さを感じたインタビューでした。
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