十文字学園女子大学では共通教育に異学年・異学科の学生を集めて行うPBL型の科目「課題解決ゼミナール」「総合ゼミナール」を設けています。鳥越信吾先生(社会情報デザイン学部 社会情報デザイン学科 講師)は総合ゼミナール(3・4年生向け科目)を担当。授業の構成を考えるにあたって、全15回の授業のうち2回を、外部講師を招いて実施する「チームビルディング」の時間をあてることにしました。メンバー間の相互理解を深めることにじっくりと時間を割き、リーダーシップの概念も学んだことが、その後のチームビルディングを加速させ、最終的な学習成果にもつながったようです。初めての科目を学生とともに完走した感想や、チームビルディングを取り入れたグループワークへの手応えについて語っていただきました。
――4,5回目にチームビルディングを行った後の「総合ゼミナール」の授業はどのような展開で構成されていましたか?
鳥越先生 6回目のインタビューリサーチまでが情報収集とインプットのパートで、内向きの作業としていました。7回目から課題設定に入り、自分たちで集めた情報をもとに、大学の魅力をよりよくするための方法や、魅力がないならどうやってつくるかを考えてもらうよう構成していました。
――なるほど。リサーチして見つけた課題に対して解決策を考えてプレゼンするという、授業全体が研究活動になっているんですね。
鳥越先生 総合ゼミナールの授業内容を考える際に「企画構想ワークショップ」のフレームを参考にしたのですが、そのベースに「デザイン思考」という考え方があるんです。調査して課題を発見して、解決に導くという一連の思考プロセスをデザイン思考というのですが、それが企画構想ワークショップの授業計画のベースになっているんです。
――学生たちのデザイン思考に基づく学びの成果はいかがでしたか?
鳥越先生 これも反省点ですが、受講生の40人中30人が私の所属する社会情報デザイン学科の学生と偏っていて、グループに分けても社会情報デザイン学科の学生がマジョリティになってしまったのです。中には社会情報デザイン学科の学生だけのグループもできてしまい、社会情報を改善するというテーマになっているグループが多かったかなという印象です。ですが、提案自体は学生目線のもので面白かったですね。
――どんな発表がありましたか?
鳥越先生 ユニークなものでは、ゼミの選考フローの改善提案ですね。どの学科も教員が示したゼミの紹介文を読んで学生がゼミを選ぶようなのですが、ある学生いわく、教員に聞いたことと、入ってからの学生の印象はかなり違うと言うんです。だから、このグループは、そもそもゼミ紹介は教員ではなく学生に書かせたほうがいいと、情報開示を根本的に改善するための提案に取り組みました。
その他、「若い教員を増やせ」というのもありました。全学部の教員の平均男女比を調べてきて、おじいちゃん教員の割合が多いと訴えるわけです。さらに、一般企業の社員の平均年齢も出しつつ、本学の人事制度がいかに固定化しているかを明らかにしていました。今日の教育は教員にもかなりの程度ICTスキルが必要な状況にあることや、少子化で学生募集に力を入れなければならない状況で若い教員がいないことがいかに危機的かということを、かなり説得的に論証してくれました。いわば「女子大生の愚痴」を、学問的な提案に練り上げて提案してくれたので、面白かったですね。
――そういう「女子大生の愚痴」のような話から学問に練り上げる過程に鳥越先生の介入はあったのですか?
鳥越先生 授業の7~12回目は、私が話を聞いてアドバイスしていましたが、学生にはずっと「説得力のある提案を考えよう」と伝えていました。若い男性教員がいないという、ある種の不満をもとにした提案でもいいが、材料をきっちり用意して、根拠をもって納得させられるよう努力しましょう、と言いながら授業を進めました。
これはチームビルディングの経験と地続きだと感じています。意見を出したり、相手の意見に賛同したりするだけではダメで、意見をすり合わせて説得や合意にまで持っていって欲しいのです。人に意見を言う時も、人の意見を聞く時も、プレゼンする時も、根拠を聞き合ってお互いの腹の中にストンと落ちるまでやるというのがこの授業の一貫したテーマでした。
――コンセンサスをちゃんと取ろう、ということですよね。授業では、デスク、オブザベーション、インタビューの3つのリサーチ活動を行うことになっていますが、問題定義以降もこの経験を活かして自分たちのテーマについてリサーチしたんですよね。
鳥越先生 そうですね。学生がこんな意見はどうですかと聞いてきたら、根拠となるデータを集めるためのリサーチを続けさせました。
――学生からの先生へのアプローチについては、「企画構想ワークショップ」と、チームビルディングを取り入れた「総合ゼミナール」で違いはありましたか?
鳥越先生 これは顕著にあった気がします。「企画構想ワークショップ」では、「これどうですか?」と教員に質問を投げかけてくるのは基本的にグループの中の中心的な学生だったという印象があります。でも、「総合ゼミナール」では、グループ全体で私に仕掛けてきて、気づけば私もグループのディスカッションの1メンバーとして加わることが多かった気がします。
――いわゆるフリーライダーがいなくなって、みんなが自分事として話し合いに参加して、その都度、疑問を持った人が先生にアプローチするようになったということですね。
鳥越先生 おっしゃるとおりです。フリーライダーはいなくなりましたね。企画構想ワークショップは必修科目ですが、総合ゼミナールは選択科目なので、フリーライダーが出にくい構造ではあったと思いますが、チームビルディングがうまくいったので出にくかったのではないでしょうか。
――われわれの経験でもチームビルディングが進むと、みんなが目の前の課題を自分事として捉えるようになるので、一人だけがその場をリードするというような場面は少なくなるように感じています。
鳥越先生 それはすごく実感しますね。
――その他、授業で印象に残ったことはありますか?
鳥越先生 チームビルディングの講師を務めてくださったAさんに「リーダーとリーダーシップの違い」を聞かせていただきましたが、あれは学生にも影響があったなぁと思います。私もそうですが、それまではリーダーとリーダーシップを混同していて、声の大きい人=リーダー=リーダーシップがあるという風に考えていました。ですが、それだと分業ができないんです。でも今回は、Aさんの説明でリーダー≠リーダーシップの概念をみんなが共有していたので、分業がうまくいった気がします。
前期の後半はオミクロン株が広がり、濃厚接触者や感染者になってしまって授業に出られないという学生が多かったのですが、それでもオンラインでディスカッションするなど、グループワークは進んだんです。プレゼン準備も大変で、オンラインと対面をつなぎながら調べ物とスライド作成で分業して進めるなど、かなり難しい状況にあったのですが、うまくいったのはチームビルディングとリーダーシップ論を学んでいたおかげだと思います。
――鳥越先生の話を聞いて納得するのは、チームビルディングが進むと障害がエネルギーに変わることです。うまくいかないことを乗り越えたくなっちゃうんでしょうね、面白いことに。
これまでの経験を踏まえて、今後授業でやってみたいことなどありますか?
鳥越先生 総合ゼミに関しては、チームビルディングをきっちりやりつつ、学科特性を考えた人材配置も考えたいと思います。今年は、PowerPointをさわったことがないので、何もできないという学生が不幸にも生まれてしまいました。PowerPointは使ったことはなくても文章を書くのは上手ならロジックの組み立ての関わりをしてもらうとか、得意不得意を考慮した分業ができたらと思います。
企業では能力に応じた分業ができますが、学生は変なところで平等主義といいますか、その発想がない気がします。来年はもう一步進んで、実社会のように「私はこれが得意だからこれをしたい」という人材配置にまで踏みこめたらいいなと思います。
――鳥越先生は、一度は就職したものの、研究がしたくて大学院に入り直して、研究者の道を選ばれたんですよね。先生のキャリアにとっての学生に教えることは、研究を深めることに何らかの影響を及ぼしているのでしょうか?
鳥越先生 論文や本を書きたいと思って研究の道を選んだので、正直最初は授業はやりたくありませんでした。なんでこんなことをしないといけないのかと思っていましたが、最近になってようやく楽しくなってきたところです。私は専門の社会学およびそれに関係のある隣接領域くらいしか勉強してきませんでしたが、今回授業を作るために、デザイン思考やチームビルディング、組織論を学ぶことになりました。研究だけをしていたとしたら、決して手を出さない領域です。社会学だけをやっていくと深く潜れますが広がらない。一方、教育もやると深く潜れなくても広がるんです。研究だけやっていたらどこかで行き詰まるだろうことが、教えたり学生と触れあったりする領域があるおかげで、よその分野のことを勉強するようになりました。世の中を読むことも社会学の領域ですが、文献には出てこない若者のリアルを知ることができるのは研究の材料にもなります。これは教壇に立たないと入ってこない生のデータでありがたいなと思います。知識のない学生にわかりやすく話そうとすることで自分の研究が洗練される面もあるので、今は教育が研究を進めるエンジンの一部になっています。
※肩書・掲載内容は取材当時(2022年9月)のものです。
グループワークを授業に取り入れておられる先生のお悩みでよく伺うことは、フリーライダーの問題と、グループによって活発さに差が出てしまうと言う問題です。今回のインタビューを通じて感じたのは、チームビルディングによって、そういう問題を未然に防いだり、起こりにくくすることができるのではないかと言うことです。
例えばチームビルディングが進むと役割分化が自然と起きてきます。我々はよく最初にリーダーを決めさせることがあると思うのですが、そのことがリーダーに対するメンバーの依存心につながり、フリーライダーを生む原因になっているのかもしれません。
また、活発でないグループに対して、何とかしようと色々と介入を試みることもよくあることかと思います。これは教員に対する依存心を生む原因になるかもしれないと思うのです。
ここまで書いて、北森先生がよく「学生の主体性に依存する」とおっしゃっていたことを思い出しました。それはつまり、我々の中にある「教育活動」の常識を疑ってみることから始めることなのかもしれないと感じました。
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