東京都大田区に本部を置く東邦大学は、自然科学および生命科学系の総合大学です。理学部では2023年入学者から学部統一の初年次の教養教育科目として1年前期に「初年次セミナー」を実施することになり、その導入部分でチームビルディングプログラム『自己の探求』を活用されています。初年次セミナー立ち上げの背景や今どきの学生を教えるにあたっての課題感について、教育開発センターに所属し、カリキュラム改定やプログラムの立案に協力し、授業のファシリテーターも担当した朝倉 暁生先生(理学部生命圏環境科学科 教授)と後藤 友二先生(理学部生物学科 准教授)に話をお聞きしました。
(写真左上)朝倉 暁生先生、(写真右上)後藤 友二先生
――最初にお二人のキャリアについてお聞かせください。朝倉先生のご専門は?
朝倉先生 私は環境計画における住民参加を専門としています。
――それは建築系の分野ですか?
朝倉先生 はい、建築土木系と近い分野です。自治体では環境計画といって、都市計画の環境版のような計画があります。この計画では、都市計画以上に、自主的あるいは積極的な市民参加が求められます。気候変動あるいは防災といったリスクを伴う情報をいかに伝え、みなさんと合意形成しながら計画をつくっていくかという研究をしています。
――市民参加の環境計画に携わるうちにコミュニケーションや合意形成といったものにも興味を持つようになられて、東邦大学へ?
朝倉先生 大学院からそういう研究をしていて、東邦大学に来たのは2005年です。前職では文系の社会学部に所属していたのですが、理系で環境政策と環境計画に関係する学科ができると聞き、生命圏環境科学科が立ち上がる時に公募で東邦大学に入りました。
――同じ質問を後藤先生にもしたいのですが、ご専門と東邦大学に入られるまでの経緯をお聞かせください。
後藤先生 僕はここの卒業生です。学生時代はバイオテクノロジーが花盛りの時期で、染色体を研究しているラボに入りました。もともと品種改良に興味があったのですが、そのうち遺伝子の機能に興味を持つようになり、遺伝子の発現調節に関する研究に携わっています。
――後藤先生の専門分野は、初年次教育やコミュニケーションといったテーマとは距離があるようですが、関わるようになったきっかけは何ですか?
後藤先生 僕が生物学科に着任したのは2013年ですが、2017年から教務主任になって今年で6年目です。僕自身は2年生以降の科目しか担当していないのですが、毎年1年生担当の先生方から「同じ問題で試験をしていても年々平均点が下がってきている」と言われていました。教務主任として休学する学生と話す機会も多いのですが、「嫌いとか苦手というよりも、友達と協力したり励まし合える環境にない」といったことが成績不振の根底にあるように感じていました。生物学を学びたくて入学してきた学生が、同じ気持ちを抱いている同級生同士の結びつきが十分に形成できず、やりたかったはずの勉強に対する動機が盛り上がらないのであれば、そこは何とかしなきゃいけないなと思いました。僕の学生時代は、入学当初からマニアックなことをいう人が多かったんですよ。「卒業研究では中心体のγチューブリンのことを研究したい」とか授業で出てきた話について一人暮らしの友人の家にたむろして一晩中話したものです。そういう楽しみは、まず心開いて話せる友人が増えないとできないんです。
――なるほど、生物に関心のある学生ならではのマニアックさというものがあるんでしょうね。
後藤先生 でも、今の学生は興味関心が浅く、なんとなく生物学科に来ているように見えます。実際、「化学と物理と生物の中で一番点がとれるのが生物だから、生物で受験できるところに来た」という学生も多くて、スタート時点のモチベーションが昔とは違ってきているなと感じます。ところが、教員側は、自分の学生時代や昔の教え子の印象から離れられず「あの頃に比べると・・・」という。今の学生には今の学生なりの教育をするためにも初年次セミナーのようなものは必要だろうと思っていました。僕の前任校では、初年次教育をカリキュラム化してテキストをつくって実施していたので、本学でもやらないといけないと思いました。たまたま僕は教務主任になり、朝倉先生も所属している教育開発センターという組織にも入り、大学の状況や学生の志向を知ったので、初年次教育を少しずつ変えることにも関わることになりました。
――教育開発センター長の千葉先生には前回話を伺いました。弊社と千葉先生が出会って、キャリア教育科目(キャリアデザイン)に「自己の探求」というチームビルディングプログラムを導入していただくことになったのですが、その前に先生方にもプログラムを体験してもらう機会を設けたのです。2日間のプログラムを朝倉先生、後藤先生は体験されましたか?
後藤先生 僕はその時は出席していないです。
朝倉先生 「キャリアデザイン1」を立ち上げるときですよね。かなり以前のことで記憶が曖昧ですが…
――それまで交流のなかった先生とグループをつくって「自己の探求」を体験されたと思うのですが、その時のことで覚えていることがあれば、なんでもいいので聞かせてください。
朝倉先生 やや記憶があいまいですが…「こういうのは大事だよね」と、何人かの先生からは伺った記憶があります。ただ、キャリアデザインや初年次セミナーのようなグループワークは、「自分が研修に参加するのはいいけど、ファシリテーターとして学生をハンドリングしていくのは別だよね」という意識が当時は根強かったですね。
――「キャリアデザイン1」では、冒頭で2日間の「自己の探求」を受けて、チームビルディングを体験した後、外部講師による授業を行っていたと聞いています。学科の先生方は授業には関わっていたのでしょうか?
朝倉先生 関わっていた人ももちろんいるのですが、千葉先生たち教養科の先生方が中心の科目でしたのでお任せしているという雰囲気だったような気がします。確か、成果や外部ファシリテーターからのコメントなども、授業を扱う教務委員会でなく、キャリアを扱う就職委員会で報告していました。
――「キャリアデザイン」の後継が、今年始まった「初年次セミナー」ですよね。私には、プログラムを1からつくって、先生方がファシリテーターを務めることになるなど、かなりパワーのかかることを自分たちでやろうとお決めになられたように見えますが、そのあたりの経緯をお聞かせいただいてもいいですか?
朝倉先生 うちの学科の1年生は、コロナ前まで3泊4日で、今は日帰りで、「環境科学体験実習」というフレッシュマンキャンプのようなものを行っていました。また、「環境科学セミナー」では、学科にある4つのコース別の学びやカリキュラムを紹介したり、教員が自分の学生時代のことを話したり、それを受けて各自に4年間の学びのプログラムを考えてもらったりしていました。また、2年生には「コミュニケーション1・2」という授業もあるなど、他学科に比べるとそういうことに関するアレルギーはあまりなかったのではないでしょうか。
――生命圏環境科学科では授業の中で学生がグループで活動したり、自分で考えたりする機会が比較的多いということですね。
朝倉先生 うちの学科は教員数が少なくて、初年次セミナーも初年度は教務主任の私がやる気になればできることでした。今後、別の先生にお願いすることになれば、授業のポイントについては引継ぎしないといけないと思っています。
――後藤先生にも同じ質問ですが、初年次セミナーのファシリテーターを教員が担当することになり、パワーがかかるようになることをどのように感じておられましたか。
後藤先生 生物学科では僕が教育開発センターのメンバーで、初年次セミナーの言い出しっぺです。朝倉先生と同じで「初年次セミナーは導入します。基本的には僕がやるので、もう一人くらいは手伝ってもらいますが、やります」といいました。
――言い出しっぺがやるから納得してもらった、という感じでしょうか。
後藤先生 僕はこの大学の出身ですが、生物学科の教員は国立大学出身の先生が多いんですよね。国立大学の先生って「周りも自分も勉強するのが当たり前で、誰かにやらされなくてもやるのが当たり前」という認識ですし、高校でもそういうふうに勉強してきているという刷り込みがあるように感じます。ですから、自分の担当科目の平均点が(講義内容を変えていないにも関わらず)下がってくれば、“勉強しない学生が増えている”ということは分かるのですが、その原因は「本人たちが手を抜いているからだ」であって、「やる気」については余り考えておられないよう(あって当たり前だから)に思います。「大学に入ったんだから勉強したいんだよね?勉強したいはずなのにしないのはどうしてですか?」となる。学生に「勉強」への動機づけをしてあげる必要性は感じてないように感じます。
――「動機」を持って入学してくるのが当たり前だと。
後藤先生 初年次セミナーのようなものを必要としているという考え方自体が簡単には浸透しないと思います。「早稲田慶應など、都内の主要大学では10年前からやっています」といえば、そういうレベルの大学でもやっているんだと理解はするけれど、自分の足元でも必要だとは思ってないんです。
――理解や共感が乏しい中で、後藤先生とペアを組んで授業を担当したもう一人の先生はどうやって巻き込んだんですか?
後藤先生 今年着任したばかりの先生です。
――有無を言わさず巻き込んだと(笑)
後藤先生 そうです。その人は教授で着任して、教員経験もそこそこある方だったので。今後はどこかのタイミングで、学科の別の教員にも引き継いでやってもらわないといけないのですが。初年次セミナーを初めてやった感覚としては、「友達もできたし、やる気になった」という言葉をたくさんもらったし、学生の評判もいいし、学科にも「ちゃんと成果はあった」と報告しています。教員がどれくらい本気で取り組み、労力を払う価値があるのかについて判断するのは、まだまだこれからだと思います。
※肩書・掲載内容は取材当時(2023年7月)のものです。
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