大手前大学では2010 年から、新入生オリエンテーションの一環として、組織開発の手法を活用したチームビルディングのプログラムを行っています。2012年以降は学生がファシリテーターを務めるようになり、2015年からは、学生ファシリテーターの研修が「PBL特別演習」と言う授業科目となって発展してきました。先輩が新入生の仲間づくりや大学への期待喚起を促すこの取り組みは、同大学の伝統になりつつあります。「PBL特別演習」の担当教員として学生ファシリテーターの養成にも携わっている本田直也先生(現代社会学部 准教授)は、2010年の導入当初からこのプログラムの実施に伴走。ご自身もプログラムのファシリテーターを務めた経験を持つほか、プログラムが学生に与える影響について論文も発表されています。ファシリテーションへの興味も交えながら、どのような思いで12年間にわたる取り組みを見守ってきたのか、話を聞いてみました。
――まずは本田先生のキャリアについてお尋ねしたいのですが、ご専門は?大学を出てすぐ大手前大学の先生になられたのでしょうか?
本田先生 そうです。本来の専門は応用数学と情報工学で、数式とコンピュータの両方を使って社会課題を解く、というような研究をしていました。大手前大学に入ったのは2005年で、表計算やプログラミングなど、情報系の基礎から専門までの科目を担当しています。
――入った当初の大手前大学の印象は?
本田先生 保守的な雰囲気は感じましたが、2005年は3代目理事長が就任されたタイミングで、私は新しいミッションのために雇われていましたので、これから変わっていく大学なんだと感じていました。
――本田先生に課せられたミッションとは何だったのですか?
本田先生 3代目理事長はeラーニングに興味をお持ちだったので、まずはそれを充実させることと、全学的に情報科学を必修科目にして充実させること、そしてeラーニングのみで学習し卒業できる大学を立ち上げること、ですね。2005年当時、通信制大学といえばFAXと郵便を中心とした受講方法しかなく、eラーニングのみで通信教育を行う大学は日本にはありませんでした。その後、本学とサイバー大学、ビジネス・ブレークスルー大学あたりがほぼ同時に立ち上がりましたが、2005年はまさに「存在しない教育にチャレンジする」のスタートの年でもあったんです。
――私が初めて本田先生とお会いしたのは2008年で、退学者や初年次適応といった問題に対応するため、弊社のチームビルディングプログラム『自己の探求』の導入を提案するための場だったと記憶しています。その時、大手前大学さんでは何が起きていたのでしょうか?
本田先生 2007年に改組して3学部が統合され、学部間で全科目が相互履修でき何でも学べる大学にしたので、何を学びたいのか分からない学生も集まるようになり、何を満たせばいいのだろうか、という問題が持ち上がるようになりました。初年次ゼミ科目では、興味の多様な学生が集まっている中で、教員が得意とする単一の専門性だけを披露しても効果がありませんでした。初年次に従来型の教育を提供しても刺さらないのであれば、『自己の探求』のようなプログラムがいいのではないかということになったんです。
――2009年は新入生に対するオリエンテーションとして開催されたホテル宿泊研修(フレッシュマンセミナー)の欠席者を対象に『自己の探求』を試験的に実施させていただきました。そこで授業の出席率が向上するという結果が出て、本格導入されることになりました。ただし、理事長が「プログラムのファシリテーターは学内の教職員に務めてもらう」とおっしゃって。翌年の実施に向けて、学内の8人の教職員の方々にファシリテーター研修を受けていただくことになったんです。本田先生もそのお一人ですが、その役割をどう感じておられたのでしょうか?
本田先生 2000年代にコーチングが流行りだして、面白い概念があるなと興味を持つようになり、大学院修了前から個人的にコーチングセミナーに行って細々と勉強はしていたんです。ですから、『自己の探求』もそうしたセミナーの1つだと思って、抵抗もためらいもなく「やってみよう」と思いました。また、教材の一部を制作しているプレスタイム社のことも知っていたので「それなりに整った教材を使ってこなしていけば、誰でもファシリテーションを習得できるんじゃないの」と、軽い気持ちでいました。
――研修は11月から3ヶ月間、延べ13日間にわたって行われました。TPIなどの心理検査や、教職員同士のフィードバックといった内容のものでしたが、その時のことで覚えていることはありますか?
本田先生 「研修」というので、教材の使い方を習うものだと思っていたのですが、実際はファシリテーションのための「心構え研修」のようなものだったんですよね。だから初めの頃は「こちらは教材の使い方を効率よく教えてほしいのに」と違和感を覚えたと記憶しています。
――そうですよね。特に研修の前半には、先生方がファシリテーターを務めることになる『自己の探求』のプログラムの内容はほとんど含まれていませんでしたから。戸惑われたのもわかります。
本田先生 それまでは、ファシリテーションというのは誰がやっても同じ結果が得られる画一的なものだと思っていたんです。「ファシリテーション」というスタイルがあって、その振る舞いを真似すればいいのだろうと。今となっては、ファシリテーター一人ひとりが、その人の解釈に基づいて、その場に応じて最大限に振る舞うことが適切だとわかるようになったのですが。
――そのことに気づいたのは、いつ頃なのでしょうか?
本田先生 いつとは言えないですが、だんだんと、やっていく中で実感していきました。ファシリテーションにはいろんなスタイルがある、と気がついてからでしょうか。今ではプログラムの使い方より、心構えのほうが大事であるとわかりますね。
――その後、新入生を迎えるこのプログラムに、初年次必修科目の「キャリアデザインⅠ」につながるプログラムとして「キャリアデザイン0.5」と名称が付き、ファシリテーターも先輩学生が務めるようになりました。2015年度からは、ファシリテーター養成講座「PBL特別演習」を履修し、実践として本番のファシリテーターを務めた学生には単位習得が認められるようになりました。本田先生はこの取り組みが授業化されたことをどう思われましたか?
本田先生 率直に「よろしいな」と思いました。それまではこちらがアルバイト代を払ってファシリテーターをしてもらっていましたが、学生が学費を払って受ける授業の1つになったのですから。授業であるからには学習目標があって、学習者はそれを満たすために学ぶし、そこに到達させるために教員がいるということになります。学ぶ側と導く側の両方が協力して学習目標の達成を目指すようになるのは面白いなと思いました。
――PBL特別演習ではルーブリックに基づいて成績評価を行っていますが、この方法は本田先生からのご提案だったと記憶しています。2回の事前研修、本番、終了後レポートで評価しますが、毎回学生にも自己評価とその理由も書いて提出してもらい、次の授業で本田先生と私から一人ひとりにフィードバックするようにしています。これも本田先生のアイデアですが、とても効果的だと思っています。
本田先生 最終評価(成績)がくだされるまえに、毎回の授業を自分で点検してみることも大事ですし、教員も学生の成長を願って途中でフィードバックを与えるというのも大事だと思っています。これを使いはじめてからの成績に関する疑問の問い合わせが減ったんです。自分の能力の足りなさや次の目標を考えるいい機会になっているようです。
――確かに、この方法になってから、学生の自己理解が深まっているように感じています。授業化した最初の年は、何らかの方法で成績をつけましたが、40人くらいの授業なのに10人くらいの学生が「どうしてこの評価なのか」と聞いてきたんですよね。
本田先生 今も多少の問い合わせはありますが、学生自身の自己評価とも比べながら最終的な評価の理由を説明するので納得しやすくはなっているようです。
――本田先生は、学生を評価することよりも、フィードバックを大事にしているんですね。つまり「振り返り」が大事ということですよね。
本田先生 そうですね、「振り返り」を含めた評価活動が「アセスメント」なんです。日本語で「評価」というと、0~100の点数をつけるとか、ABC…の文字で成績をつけることを連想しがちです。それらは「エバリュエーション」、「グレーディング」であり、どれも日本語では「評価」です。でも、私はその時々の状態を点検してみるとか、あるいはフィードバックや対話によって気がつくといった「アセスメント」のほうが、本来の評価活動では重要だと思っています。
――2009年から、形式を変えつつも12年間にわたって大手前大学さんでチームビルディングプログラムを実施させていただいていますが、本田先生がずっと関わってくださって、それをテーマに学会発表もしてくださっている影響も大きいと思っています。これまでの成果を定性的に分析して、「大手前大学における「自己の探求Ⅰ」プログラム実施の成果と10年間の変遷 ―チームビルディング手法を用いた新入生オリエンテーションプログラムの挑戦―」(※1)にもまとめておられましたよね。
本田先生 11年目の2020年はコロナ禍の影響もあってオンラインを導入するという大転換期を迎えました。その取り組みも振り返り、対面型の旧方式とオンライン型の新方式を比較して「非対面オンライン学習環境下における 新入生チームビルディング研修の試み」(※2)にまとめています。
「自己の探求Ⅰ」に基づく新入生オリエンテーションプログラムは、本学で唯一10年以上にわたって続いている取り組みです。形も変え、進化させながら「伝統と文化」になっていると思いますし、おそらく学生にとっても教職員にとっても支えとなる重要なプログラムになっているのではないでしょうか。
――先日、次年度の学生ファシリテーターを募集する説明会をしましたが、教室が満員になるくらい学生が集まったそうですね。先輩が新入生を導いていく構造が伝統と文化になり、なおかつそれが授業にもなっているというのは全国的に見ても、かなりユニークな取り組みではないでしょうか。
※1:大手前大学における「自己の探求Ⅰ」プログラム実施の成果と10年間の変遷 ―チームビルディング手法を用いた新入生オリエンテーションプログラムの挑戦―
大手前大学論集第20号(発行年2021-03-31)
※2:非対面オンライン学習環境下における 新入生チームビルディング研修の試み 大手前大学論集第21号(2022年2月現在掲載予定)
※肩書・掲載内容は取材当時(2021年12月)のものです。
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