大手前大学では、2012年から、新入生オリエンテーションの期間に、自己理解の促進やチームビルディングの体験を目的とした『キャリアデザイン 0.5』というプログラムを実施しています。このプログラムは、正課の初年次教育必修科目『キャリアデザインⅠ,Ⅱ』に接続するという性質も持ち合わせています。初年次教育から専門教育への接続や、指導にあたる教員のモチベーションの向上といった課題にどのように対応しているのか。キャリアデザイン0.5を担当する教学運営室の室長であり、入学から卒業までの一貫した学びの支援を担うコア教育連絡協議会の議長でもある川口宏海先生に詳しくお話をお聞きしました。
――新入生のオリエンテーションの一部として実施されている『キャリアデザイン0.5』を担当している教学運営室ですが、学内でどのような役割を担っている組織なのでしょうか?
川口先生 教学運営室は教務課と学生課が対応できない、それらの間にある領域に対応するために新しい企画を立てて取り組むための部署です。新入生オリエンテーションは、学生課でやるべきことと教務課でやるべきことをまとめたような、大学の導入となるようなプログラムなので、教学運営室が中心となって対応しています。ですから、オリエンテーションの中でも履修登録は教務課に任せて、学生証の配布や学生生活サポートについての対応は学生課に任せていますが、「新入生の大学適応と仲間づくり」といった内容は教学運営室が担当しています。
――『キャリアデザイン0.5』は正課の必修科目『キャリアデザインⅠ』に接続していると聞いていますが、必修の授業内容を考えているのも教学運営室ですか?
学内には「コア教育連絡協議会」という組織もあって、実は私には、そのまとめ役である「コア教育連絡協議会議長」という肩書もあるんです。オリエンテーション後に接続するキャリアデザインⅠ・Ⅱの授業の中身を考えるのは、教学運営室長としてではなく、コア教育連絡協議会議長としての役割だと捉えています。
――「コア教育連絡協議会」、私は初めて聞くのですが、どんな組織なんですか?
川口先生 大手前大学のコア教育、すなわち、1・2年次のキャリアデザインと、3年次のゼミナール、4年次の卒業研究といった必修授業全体を運営するための教員組織です。これまでコア教育にはキャリアデザイン(1・2年次)、ゼミナール(3年次)、卒論(4年次)のそれぞれに“コーディネーター”が存在していました。それらすべてを含めた話し合いの場が必要になり、コア教育連絡協議会ができたのです。教学運営室長とコア教育連絡協議会長、私の2つの顔を混同されている先生もおられるようですが、私は使い分けをしているつもりなんです。
――コア教育連絡協議会はキャリアデザイン0.5からキャリアデザインⅠへの接続や、入学から卒業までの一貫した学びの支援という視点から生まれた組織のようですが、エンロールメントマネジメントそのものですね。
川口先生 そういうことですね。
――そんな会議体を持つ大学の事例をあまり聞いたことはないのですが、何かモデルになるような事例をご存じだったのですか?
川口先生 何かのお手本があったわけではなくて、私たちに必要だからつくったのです。
――弊社からもキャリアデザイン0.5をキャリアデザインⅠへスムーズに接続するために、チームビルディングの手法を取り入れるための提案をさせていただいたのですが、それについて川口先生はどのようにご覧になっているのでしょうか?
川口先生 教学運営室長になったころに、キャリアデザイン0.5から正規の授業(キャリアデザインⅠ,Ⅱ)をつなぐという観点から、0.5からキャリアデザインⅠの最初の4回目までをつなぐような授業の設計をしたことがありました。そこにはラーニングバリューさんも関わってくださっていて、友達づくりを定着させ、グループの形をつくりあげるというコンセプトがあったということは理解しています。しかし、私はそこに関しては、「できるだけ学内の先生方が自らの手足を使ってやってほしい」という気持ちがあったんです。ラーニングバリューさんにやっていただけたらスムーズにいくだろうということはわかっていました。でも、やってくださる方ばかりに任せると、先生方が0.5から正規の授業につなぐための発想や努力、学生との関係づくりを他人任せにしてしまうと思うんです。
――確かに、正規の授業の運営主体は先生方ですからね。
川口先生 1年生を1年間受け持つことになる先生には、学生さんたちに接しながら一人ひとりを把握してクラス運営を行い、自分の力で授業を形にしていくプロセスや苦労を経験してほしいんです。もちろん、仲間づくり・グループづくりに慣れているキャリアデザイン0.5の担当教員やラーニングバリューさんなら上手にやってくれるのでしょうが、できあがったものをポンともらっても、受け取った先生の側にはそれは自分のものじゃないという気持ちがありますよね。できあがったものを引き継ぐと、自分色に染めたくても、それもしにくくなってしまう。苦労しながら作りあげなければ、せっかくのクラスが1年間もたないかもしれない。ラーニングバリューさんからいろいろとご提案いただいているのは知っているのですが、こういう形をとっているのはそういう思いがあるからなんです。
――いい環境で教えるためにはクラスづくりが大切であることや、それをクラス担当の先生に委ねようとする川口先生の考えが理解できました。その昔は大学教育に「初年次教育」などという考え方もありませんでしたし、先生が学生を手厚くみるという経験もなくて、「新入生をどうしたらいいのだ?」と多くの先生が困惑していたわけですから。大手前大学さんでは以前に比べると、先生方が主体的にやってくださるようになっているんですね。
川口先生 そうですね。
――2011年にフレッシュマンセミナーをキャリアデザイン0.5に切り替えたときには、かなり専任の先生からの反発があったことを思えば、大きな変化に見えます。まさにその変革に川口先生が携わっておられるということですよね。
川口先生 キャリアデザインの授業も、始めた当初は、すべての授業を同じプログラムで行っていました。悪くいえば全部にシナリオがあり、同じ教材を学生にばらまいて、担当教員はロボットのようにしゃべって、テストの回答はコーディネーターが集めて採点して、成績も一律につけるというようなやり方だったんです。統一的評価という点では公平ですが、授業のやり方に対する先生方の反発が大きかったので、学長をはじめ関係する教職員と協議しながら少しずつ変化させてきました。
――具体的にはどのように変えたのですか?
川口先生 まず、コーディネーター制をやめました。以前は1年生に4人、2年生に4人、コーディネーターを配置していましたが、それをなくして、今はその仕事を私がしています。
その代わり、先生方の裁量を大きくしたんです。「こういうことを教えてください」という基本的な教育目的や成績評価の指針、すなわちシラバスを共有して、細部の授業方法は隣のクラスとは違っていてもOKということにしました。例えば小学校でも、「指導要領にのっとって国語を教える」ということは決まっていても、A校の国語とB校の国語は内容も進度も違いますよね。それと同じような形です。教えてほしいことと成績のつけ方を共有して、あとは先生の裁量に任せています。
さらに、2年生では複数のメジャー(主専攻)をまとめたコースをつくり、近い専門の先生で話し合って運営してもらうようにしました。例えば、総合文化学部の日本史、東洋史、西洋史、考古学、地理学というメジャーをまとめて史学コースにする、というようなことです。すると各学部にたくさんメジャーが存在しても、2~3コースにまとめてクラスを編成することができます。そして、学年全体で教えなければならない共通部分に、コースの特徴に合わせた自分の専門を生かせる内容をプラスして教えてもらうようにしたことで、先生は自分の裁量で教えられる部分も増えたので、文句が出なくなったのです。ただし、行き過ぎた部分があれば是正をお願いしてしっかり見守るようにはしています。
――なるほど。似たようなメジャーの先生同士なら、教える内容も相談しやすそうですよね。
もっと先生の自由裁量にしようとか、学部でコース制にして親しい人をまとめようとかそういうのは議論しながら出てきたものですか?
川口先生 そうですね。2年生にこの仕組みを取り入れたのは、3年生になってメジャーを選択する際の下準備にしてもらいたいという意図もありました。2年生は自分でコースを選ぶことができて、3年でメジャーとゼミを選ぶことになります。そのステップにキャリアデザインを生かす流れは、私だけでなく、鳥越学長やコア教育担当の先生とも議論をしながらつくったものです。
――メジャーの似た先生方のチームビルディングが進めば、そのコースの授業が充実して、結果的に学生さんからの評価も高まり、ゼミの志願者増にもつながって、学びの好循環が生まれそうですね。1年生に対してはいかがですか?
川口先生 1年生のシラバスは共通で、コースも先生も選べません。ですが、読解力を高める際の教材に新聞記事を使う場合は、各先生の得意分野の記事を用いてやっていただくようにしています。すると、先生方も自由に授業を組み立てられるようになったので協力的に取り組んでくださるようになりました。
――裁量が増えたことで、先生方も授業を工夫するモチベーションが上がりますよね。
川口先生 その代わりに、隣のクラスとの違いが出るので、学生の方からは「あの先生はこうだけど、うちの先生はこうだ」と不満も出るのですが(笑)。こうして、1年次から読む・書く・聞く・話す、の能力を段階的に積み上げ、2年次の秋学期にプレゼンテーションも取り入れて、最終的には選抜制の全学プレゼンテーション大会を行うという仕組みにしています。
※肩書・掲載内容は取材当時(2021年8月)のものです。
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