大手前大学では、2012 年から新入生オリエンテーションの中で、自己理解やチームビルディングを体験するために『キャリアデザイン 0.5』というプログラムを実施しています。プログラムのファシリテーターを務めるのは「PBL特別演習」を受講した先輩学生。この授業では本番前の研修受講と本番当日のファシリテーションを務めることが単位認定の条件になっています。先輩学生は研修を通じてより深いチームビルディングの体験をし、ファシリテーションを学ぶと共に本番への意欲を高めていき、それが新入生の高い満足度にもつながっています。2020年、2021年は新型コロナウイルス感染拡大の影響でオンラインによる実施を余儀なくされましたが、この新たなチャレンジが思いがけず良い副産物も生んだようです。入学早期の仲間づくりや、ロールモデルとなる先輩との出会いが、新入生にどんなメリットをもたらしているのか。一連のプログラムの責任者でもある教学運営室長の川口宏海先生に話を聞いてみました。
――2020年春は新型コロナウイルス感染拡大の影響で『キャリアデザイン0.5』は中止になり、翌年の2021年は思い切ってオンラインで実施されました。それまで対面で行ってきたことをオンラインで実施してみて、いかがでしたか?
川口先生 高校まではパソコンを自由に使ったことがない新入生がZoomを使いながら丸一日のプログラムに対応できるのか、途中で脱落者がでるのではないかなど、実施前には懸念事項もありました。学生ファシリテーターも、非対面でうまく新入生をファシリテーションできるのか不安を抱えていて、大きなチャレンジになりました。実は本番前日にオンラインへの接続テストを行ったのですが、新入生がまったく参加してくれず、その時点で「終わったか…」と悲観的なっていたのですが、本番ではたくさんの新入生が参加してくれて、本当にホッとしました。
――2021年はオンラインで実施されましたが、その様子を見学された先生も多かったようですね。
川口先生 こちらが意図的に先生方に声をかけたんです。こうしたプログラムの実施に費用がかかっていることについては様々なご意見があるので、「本当に必要なのか」をみんなで議論する必要があると考えました。多くの先生に見たうえで評価していただくために、学部長や一般の先生に何度も見学のお声がけをしました。Zoomだったので参加しやすかったという面もあるでしょうが、多くの先生に見ていただけました。
――ご覧になった先生方からはどんな感想が出たのでしょうか?
川口先生 みなさん好意的でした。特に今年は新任の先生も多くて、新入生オリエンテーションというものを初めてご覧になる方も多かったんです。初対面の新入生が、最初はまったく話せなかったのに、先輩学生のファシリテーションを受けながら次第に話せるようになっていったのが印象的だという声が大きかったですね。オリエンテーションを何度も見ている先生からも、改めて見てみると学生が打ち解けていく場面が良かったとか、(キャリアデザイン0.5から接続する)正課のキャリアデザインⅠの授業もスムーズに進んだという声をいただきました。
さらに驚いたのは、オンライン授業への導入がスムーズになったことです。今年は前期の1週目は対面授業ができたものの、2週目から非対面(オンライン)になってしまったのですが、新入生の9割以上がキャリアデザイン0.5に参加してZoomに慣れていたおかげで、ほとんどストレスなく非対面授業に入ることができてすごく良かったという声も聞きました。本学には学修サポートセンターという学生の質問に答えるセクションがあるのですが、昨年はZoomの使い方に関する問い合わせがとても多かったそうですが、今年はほとんどなかったと聞きました。
――学修ツールの操作スキルの習得はオンライン化の良い副産物ともいえそうですね。現段階で、川口先生ご自身は、新入生、学生ファシリテーターそれぞれにおける『キャリアデザイン0.5』の意義やメリットについて、どのように感じておられるのでしょうか?
川口先生 学生ファシリテーターについては、単位を取得できるということもありますが、ここに参加することでグループワークを通じて自分自身を発見したり、他者との関わり方への気づきを得たり、仲間と活動する中でリーダーシップや自分に任された役割を果たす力といったものを鍛えられているのではないかと思います。それまでの自分ができなかったことができるようになる、能力を伸ばせるという教育効果はあるでしょう。それが1人や2人といったごく少数の学生ではなく、50~60人という学生、しかも、80人ほどの申し込み者の中から選抜した学生が能力を伸ばすチャンスになっているのです。ここに参加した学生は積極的になってくれるので、それ以降、大学の様々なプログラムにも関わってくれていたりします。それも教育効果の一つでしょう。
――新入生にとっての教育効果についてはどのように見ておられますか?
川口先生 ちょっと年上の先輩が自分たちを歓迎してくれて、最初の友達づくりのきっかけをつくってくれることを喜んでいるようです。こうしたことは、先生がやるよりも学生がやったほうがとっつきやすいでしょうし、和やかな雰囲気の中で先輩や友達と仲良くなって個人的なつながりもつくれる場になっています。しかも、たった一日で大学生活に馴染めて、正課科目のキャリアデザインⅠの授業にもスムーズに入っていけるようになるのは良いのではないでしょうか。
――かつての新入生オリエンテーションは、1泊2日の宿泊研修が行われていた時代もありましたよね。
川口先生 2日間かけてやっていた頃のプログラムよりも学生同士のつながりが深くなることに、今のプログラムの良さを感じています。新入生は600~700人いるので、先生方に「新入生の仲間づくりをやってくれ」と言ったところでなかなか難しい。何度もチャレンジしようとしましたが、先生は自分の専門のことは語ることができても、チームづくりや友達づくり、自己分析させるといったことを専門にされているわけではありませんので。ですから、そういうことに関しては、それを専門にしている方にお力添えいただいて、学生をリードしながら育てていくことに意味はあると思っています。
――入学直後のタイミングで仲間づくりのきっかけとなるプログラムを提供するのはなぜなのでしょうか?大学教育におけるチームビルディングの有効性をどのように考えておられますか?
川口先生 昨年、コロナ禍でキャリアデザイン0.5を中止せざるを得なかった学年と比べると、その意味がよくわかる気がします。昨年は、通常授業も対面で行うことができずにいました。そこでZoomで使って、なんとかお互いに顔を見せあいながらキャリアデザインの授業を実施できたクラスでは、なんとか友達関係もつくれたしょうですが、そうでないクラスは学生同士の関係が深まるのに秋学期までかかったとも聞きました。今年は『キャリアデザイン0.5』をオンラインで実施しましたので、昨年との違いがより鮮明になったように思います。
――仲間づくりが進むと、大学や学びへの適応も早くなるということでしょうか?
私たちが大学に入学した時代は同世代の1/3も進学していませんでしたが、今では大学進学率が50%超えるようになり、様々な学生が大学に入るようになりました。みんな同じように机を並べていても、誰とも会話もせずに自宅と大学を往復するだけの孤独な人や、せっかく入学したのに夏休み前に退学してしまう人も多いんです。しかし、大学で友達ができたり、クラブ活動を始めたりすると定着率が高くなることがわかっていて、お互いに情報交換しながら勉強するようになると成績もよくなるんです。これも大学の大衆化の中で必要になってきたことなのだと思っています。
※2021年に実施された「キャリアデザイン0.5」の様子は大手前大学のホームページでもレポートされています。
※肩書・掲載内容は取材当時(2021年8月)のものです。
先輩学生がファシリテーション研修を受ける中でチームになっていき、その体験を活かして新入生プログラムのファシリテーションを行う。新入生は先輩学生のファシリテーションによるチームビルディングプログラムで自己理解、他者理解を深め、大学に適応していく。この形に初めて取り組まれたのが大手前大学です。
約10年におよぶ取り組みの中で、アルバイトSAで集めた先輩を研修する形から、PBL特別演習と言うキャリア関連科目を活用した研修授業を開講するようになり、先輩のキャリア開発にもつなげておられました。また2021年にはオンラインチームビルディングプログラムにもチャレンジされ、新入生のリモート授業のスムーズなスタートを実現されました。今回お話を伺った川口先生がコア教育連絡協議会議長も兼任され、先生方にもこの取り組みへの認知を広め、初年次教育への接続も図っておられます。
一つの取組みをレバレッジに、大学全体に影響を広げていく。まさに組織開発だと感じました。
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