大手前大学では2010 年から、新入生オリエンテーションの一環として、新入生の仲間づくりや大学への期待喚起を進めるために、組織開発の手法を活用したチームビルディングのプログラムを行っています。実はこのプログラムが導入される前、同大学では学生課の主導により新入生向けの宿泊研修「フレッシュマンセミナー」が実施されていました。その際に学生課でその企画・運営に携わっていた職員の吉川 博行さん(現在は大手前大学 教学運営室IR担当)は、十分な説明もなされぬまま新入生オリエンテーションにチームビルディングプログラムの導入が決まったことに、戸惑いや不満を感じていたと振り返ります。今回のインタビューでは吉川さんがその当時感じていた違和感や、その後自らプログラムを体験し、さらにファシリテーターまで務めてみて気づいたことなどなどを、率直に語ってもらうことができました。
――まずは吉川さんのこれまでにキャリアについてお聞かせください。吉川さんは大学卒業後に大手前大学に入職されたんですか?
吉川さん いいえ。一度は金融機関に就職したのですが、教員になりたいという気持ちが出てきて。大学に入り直して教員免許や司書、学芸員の資格を取得して、県立高校の非常勤講師をしていました。そして働きながら教員を目指すつもりで就活をして、いくつか内定をもらった先の一つが大手前大学だったんです。大学で働いた経験は高校教員になっても役に立つんじゃないか、と思ってここに入りましたが、そのまま現在に至ります(笑)。
――なかなかユニークな経歴ですね。大手前大学でのキャリアはいかがですか?
吉川さん 将来に不安を抱えていた時期もありますが、「回り道しても、今は違う景色が見えている」と学生に伝えられるから、今ではその経験も生かせている気がします。2006年に入職して最初に配属されたのは学生課で、いたみ稲野キャンパスで2~3年、さくら夙川キャンパスで2~3年してから教務課に異動し、その後入試、高校訪問の部署を経て、今は教学運営室のIR担当です。
――大手前大学さんに初めて弊社の「自己の探求」を導入していただいたのは2009年4月。新入生オリエンテーションの1泊2日のフレッシュマンセミナーを欠席した学生のうち、30~40人を集めて試験的に実施していただきました。その時、吉川さんは学生さんと一緒にプログラムに参加してくださったと記憶しています。
吉川さん はい、どんなプログラムなのか体験してみたい気持ちはあったので。
――その時のことで覚えていることは?
吉川さん 「この程度のプログラムなら自分のほうがうまくできる」、という根拠のない自信がありましたね。
――なるほど、そうでしたか。
吉川さん 当時の私は、大学では学生に教えるのは教員で、職員だから教えられない、というような風潮に物足りなさを感じていました。しかも、自分には高校で教えていたという自負もあったのに、そのプログラムでは一介の業者の人が先生役をしているじゃないか。しかも、プログラムの内容は「仲間と胸襟を開いて、他者を理解したうえで、自分のことも理解していこう」というものですから、「自分は常にそういうスタンスでありたいと思っていたから、これなら自分の方がもっとできる」と単純に考えたわけです。今考えると若ハゲ、じゃなくて若気の至りってやつでしょうか(笑)。
――大学で教員と職員の格差に不満を感じていたところに、外部から業者が来て講師をやっているのですから、「高校で教えた経験があるから、それくらいはできる」という気持ちになりますよね。
吉川さん しかも、その当時は私のいた学生課で宿泊形式のオリエンテーションの企画を考えて、運営していたのですが、いきなりそれとかけ離れたプログラムが入ってきた、という抵抗感もありました。自分たちが汗水垂らしでつくりあげた企画が評価も検証もされていない段階で、突然別のプログラムが入ってきたのですから。上司ともども「自分らのやり方がアカンなら、そう言ってくれよ」という気持ちにもなりました。
――理由も語られず、自分たちの取り組みを否定されたように感じられたのもごもっともです。その節は大変失礼しました。
吉川さん これを機に私からもお尋ねしたいのですが、どういう経緯であのプログラムを試験導入することになったのですか?
――退学者防止の件で弊社にご相談をいただいたのが、大手前大学さんとの最初の接点だったと記憶しています。その際に、「新入生の宿泊オリエンテーションを実施したが、企画担当の職員が過労で倒れて、こういうことを学内の部署で対応し続けるのは大変だ」という話をお聞きしまして。そういうことを代わりにやってくれる会社はないかとお尋ねいただいたので、弊社のチームビルディングプログラム「自己の探求」の導入を提案させていただき、2009年春に一部の学生を対象に試験導入させていただいたんです。
吉川さん なるほど、そういう経緯だったんですね。
――試験導入の結果を受けて、全面的な採用をご検討いただいたのですが、当時の理事長が「先生がファシリテーターをしないと意味がない」とおっしゃって。通常は弊社のファシリテーターを派遣してプログラムを実施するのですが、急遽、ファシリテーター養成プログラムもゼロからつくって用意して、学内でファシリテーターを養成することになりました。その時に、「やりたい」と手を挙げてくださった4人の先生と4人の職員、合計8人の一人が吉川さんでした。私は「8人の侍」と呼んでいるのですが、吉川さんは自ら志願してくださったんですか?
吉川さん 私の場合は、ほぼ無理やりでした(笑)。「こんな得体のしれないものを僕がやるんですか?」と言った記憶があります。それでも、最終的には使命感もあって引き受けたのですが、私以外の人も、上司にやれと言われたからとか、部下に言えないから自分が出ることにしたとか、そんな理由の人が多かったのではないですかね。
――周囲からの圧力もありつつ、最終的には立候補してくださったみなさんにファシリテーターデビューをしていただくため、弊社では養成プログラムを実施させていただきました。11月から3ヶ月ほどにおよぶ研修中のことで覚えていることはありますか?
吉川さん 最初の頃は、「教職協働」を掲げてはいたものの教員-職員間の溝はありましたよね。今なら先生方の性格も理解できているので、「この人は細かい疑問をクリアしながら積み上げていくタイプだ」などとわかるんですが、当時は「何を小さいことをごちゃごちゃ言っているんだ」なんて思っていました。
しかし研修でグループワークを重ねるうちに気づきも増えました。「なるほど、他者理解は自己理解につながるなぁ」とか、「今までは自分は閉じていたのかな?自分にとって快適な人とのコミュニティの中でしか他者理解できていなかったのかな?」とか。「嫌いな人と話していても発見できることってあるんじゃないか」とか、「自分で壁をつくらず、もっと広い世界に行ってみよう」とか、その時に考えたことは、今でも学生指導に生かせていると感じますね。
――プログラムに抵抗感があったのに、やってみると他者理解も自己理解も進んだのを感じたということですね。最初に見学された時の「俺でもできる」から、かなり変化しましたね。
吉川さん 「できる」のレベルが変わりましたよね。「こなす」でなくて「できる」になるにはどうすればいいのだろうと考えましたよね。
――そして迎えた本番。初めてファシリテーターをやってみた感想は?吉川さんは教壇経験があるので案外スムーズにできたのでしょうか?
吉川さん めちゃくちゃ緊張しました。これは「先生あるある」かもしれないですが、自分のテリトリーで話ができると、間違ったとしても軌道修正できるんです。でも、「自己の探求」というプログラムはありそうで他にはないプログラムで、プログラムの意図を自分でしっかり読み込んで解釈して臨まないと対応できないじゃないですか。例えば、プログラムの冒頭で行う「学習スタイル」の説明なんかも、自分なりに解釈してそれを学生に伝えるわけなので、伝わらなかったり、質問を受けたりしたらどう対応しようと不安がありました。
実はその時のことで今でも覚えているのは、私が担当しているある教室の様子を見に来たミスターKさんに「換気扇の音が気になるなぁ」と言われたことです。覚えていますか?
――はい、かなり響いていたので指摘させていただきました。
吉川さん 実は私、沈黙がいやだったんです。シーンとした中でみんながいろんなことを考え出してしまわぬよう、多少BGM的に雑音があったほうがいいんじゃないかと思って換気扇をつけていたんです。それを「気になる」と言われて、「あ、自分は逃げてる」と気がついて、沈黙に向き合わねば、と思ったんです。
沈黙といえば、もう一つ思い出すのは、ファシリテーターをしたあとの教職員のふりかえり会の時のことです。ある人が発言の順番の時にめちゃくちゃ悩んで沈黙していたんです。その時に、沈黙にはいろいろあって、眠たいなという時もあれば、本気で悩んでいることもある。つまり、沈黙がコミュニケーションだということが自分の中でようやく理解できたんです。
――それも、覚えています。あの沈黙に対して、誰も何も発言しなかったのに、しばらくして彼は「わかりました、頑張ります」と言ったんですよね。本心は本人に聞かないとわかりませんが、きっとみんなの沈黙から勇気をもらったんだと思います。
吉川さん 自分で決心して、腹をくくった瞬間だったんだと思いますね。相手の沈黙に向き合うことも大事だし、沈黙の中でも「促し」があるということがわかった体験になりました。学生のグループワークを見学して、「あのグループワークはしゃべってないから盛り上がっていなくて、コミュニケーションが取れていない」と言う先生もいますが、今は沈黙が語ることもあるかもしれないし、沈黙に耐えて人と語り合うっていうのは深いなぁと思います。
――かつて吉川さんが学生課で企画・運営していた宿泊形式のオリエンテーションでのプログラムにも、現在行われているプログラムにも、「新入生が友達をつくる」という意図は共通していたと思いますが、今振り返ってみるとどんな違いがあると思いますか?
吉川さん 宿泊オリエンテーションにも、ホテルに泊まって同じ部屋の人としゃべって仲良くなったという効果はありました。こちらが機会を与えて、「お口に合わなければごめんなさい」というスタンス。でも、ファシリテーターがいるチームビルディングプログラムでは、機会を用意して、「お口に合わなかったようですが、ではどうしましょうか」とこちらも寄り添っている気がします。
――与えるだけか、とことん付き合うか、の違いですね。与えられるつもりでいた人が、とことん付き合ってもらうことで、受け身から能動的になれる。そういう変化が期待できるのが違いということになるんでしょうか。
吉川さん これはあくまでも私個人の意見ですが、チームビルディングプログラムを行って顕在化されたのは「人はやっぱりつながりたいんだな」ということじゃないでしょうか。全然しゃべらないと思っていた学生が、あれだけ面白くなさそうにしていた学生が、ふりかえりシートにアウトプットを促すと、頭の中で思っていることをちゃんと書くんです。「よかった」と一言書いて終わればいいところを、ちゃんと3、4行も書くんです。黙っていて、何も発話しなかったけれど、学生ファシリテーターと筆談でしゃべってくれた学生もいました。それもコミュニケーションなんですよ。
コミュニケーションは発話だけでなく、アイコンタクト、ボデイコンタクトもあるんだな、そういうことを理解できたことが、実はラクロスの指導でも生かされています(補足:吉川さんはコーチとして大手前大学ラクロス部や他大学の学生に指導もされている)。学生に「プレー中にコミュニケーションを取れ」と指導していたのですが、それを「声を出すだけでなく、首振りをして周り見るとか、クロスを構えるといったことがパスを受ける合図になる」という具体的なアドバイスにつなげられるようになったんです。
※肩書・掲載内容は取材当時(2021年8月)のものです。
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