大手前大学では、2010年より新入生オリエンテーションにチームビルディングプログラムを取り入れています。当初、大学の教職員がファシリテーターを務めていたプログラムは、2012 年からは『キャリアデザイン 0.5』という名称で、先輩学生がファシリテーターを務めるようになりました。その旗振り役となったのが、当時、学生課職員だった吉川 博行さん(現在は大手前大学 教学運営室IR担当)です。学生課で学生ファシリテーターの養成に寄り添い、さらに教務課に異動してからは、ファシリテーター養成研修~本番でのファシリテーションまでを「単位化」することにも奔走。在学生の成長と新入生の大学適応を共に促す仕組みを支え続けています。チームビルディングプログラムの導入や学生ファシリテーターの誕生が、大学にどのような変化をもたらしているのか、話を聞いてみました。
――私は学生がファシリテーターを務める「キャリアデザイン0.5」の形をつくった立役者は吉川さんだと思っています。今でも覚えていますが、2011年のフレッシュマンセミナー(キャリアデザイン0.5の前身の名称)は専任の先生20人がファシリテーターをすることになりました。ただ、中には取り組みに納得しておられない先生もいらっしゃり、そのためか、新入生の反応もクラスによって大きな違いがありました。そのような状態の中、翌年も先生方にお願いするのは難しいのではないかという話になった時に、吉川さんが「学生にファシリテーターをやってもらうのはどうですか」とおっしゃったんです。
吉川さん 2010年に私たち8人の教職員がファシリテーターを務めた際は、3か月に渡ってしっかり研修を受けて実施したのに、翌年はカリキュラムの改定もあって時間も取れず、3日間の研修しかできませんでしたよね。そんな状態で、慣れないファシリテーションなんてできるわけがないと思っていました。十分な準備もせずに自分の専門領域でもないところに出てしまえば、そううまくいくはずもありません。ある先生は、事前に見たプログラムの内容をファシリテーターが話す内容まですべてメモしたシナリオを作っていて、「ここで笑いがおきる、カッコワライ」と書いていました。
――インストラクションの文言をメモしているだけでなく、相手のリアクションまで想定したシナリオを作っていたのですね。
吉川さん プログラムの途中で凹んでいるから、どうしたんですか?と尋ねると、「ここで笑いが起きるはずなのに、学生が笑わなかったのでどうしたらいいかわからない」とおっしゃる。挙句の果てに、プログラムが悪いと言い始めて・・・
そういう先生方を現場でサポートしていたのは元気のいいSAの学生たちでした。きっと彼らは、自分たちならファシリテーションできると思っていたんですよ。だから、先生の姿を見て、どうして私たちにやらせてくれなかったのと思ったようです。私は学生課にいた時に、こちらがたった一声かけるだけで、学生が何かに気づいてくれて目の色が変わるという瞬間をたくさん見ていました。何かをやらせて壁にぶちあたっても、そこを乗り越える時にこちらが手を差し伸べたらいいんですよ。だから、絶対学生にやらせたほうがいいんじゃないかと思ったんです。
――翌年以降、学生がファシリテーターをすることになりましたが、学内で反対の声は出なかったのですか?
吉川さん あったと思いますが、学生支援は学生課が主体でやるので、何か問題があれば学生課が引き取る、ということで収めました。当時の上司がかなり泥をかぶったのではないかと思います。
――責任をとるから、と言われたら他の人は何も言えなくなるかも知れませんね。今でこそ、弊社のチームビルディングプログラム「自己の探求」を提供している大学の中で、学生がファシリテーターを務めるケースも増えましたが、その第一号は大手前大学さんなんです。正直にいえば、最初に学生にファシリテーターを任せる案が持ち上がった時には悩んだし、社内でも「質を担保できるのか?」と疑問を呈する声も出て。だから、異論を乗り越えてチャレンジして、学生ファシリテーターを誕生させるきっかけをつくってくださったのは吉川さんなんです。
吉川さん ほ~それは、著作料をいただきたいものですね(笑)
――2012年からは学生がファシリテーターを務める体制に移行しましたが、ファシリテーター募集にも苦労がありました。吉川さんがコーチを務めるラクロス部のメンバーをたくさん連れてきてくれたこともありましたよね。
吉川さん 私が受けてよかったと思うプログラムなので、チームとしても参加を検討してほしいし、そういう洗練されたプログラムを受けるチャンスは他大学ではそんなにないだろうということを主将に伝えたんです。当時主将だった学生は新入生の時に参加した経験があったのでファシリテーターをすることにも前向きに考えてくれて、メンバーを連れてきてくれました。
――多くのメンバーがファシリテーター養成講座を受けて、ファシリテーターを経験することで、その後のラクロス部のメンバーには何か変化はありましたか?
吉川さん チームビルディングプログラムで、自分がコミュニケーションをとりづらいと感じる相手の話でも、まずはしっかり聞いてみるという体験をしたことで、私からの言葉も少なからず伝わるようになったという手応えはありますね。新入生の中には斜に構えている子もいますし、そういう人に向き合った経験は社会に出てからも生かされるんじゃないでしょうか。そういうケースはゴマンとありますからね。数年経ってからも、あの体験は学ぶことがたくさんあったと言ってくれる学生もいますしね。その影響の一環なのか、主将が大手商社に就職したのをはじめ、ラクロス部の学生は就職もいいんですよ。
――彼らにとっても印象深い体験になったんでしょうね。2015年からは、学生ファシリテーターの 4日間の研修および本番のファシリテーションの実施を「PBL 特別演習」と言う授業として開講するようになりました。いわゆる“単位化”ですね。このことで学生ファシリテーター希望者がコンスタントに集まるようになりましたし、ファシリテーターの熱心な取り組みが奏功して新入生の満足度も上がっているように見えます。この単位化の背景と現状について、吉川さんはどのように感じていますか?
吉川さん きちんと事前研修を受けて、プログラムを理解したうえで「キャリアデザイン0.5」のファシリテーターを務めるまでのプロセスを「教育」と思えば、単位化したのは良かったと思います。反対に教務の中に組み込まずに、ずっとアルバイトのSAで対応していたら、年々劣化していたかもしれません。アルバイト代を支払っていた頃は、事前研修の参加にも時給が発生していたので、研修に参加したくないとか、もっと割の良いバイトに行きたいといった理由で、当日だけ行けばいいと考えるような学生も出てきたかもしれません。ですから、本学の場合は単位化したのは良かったと思っています。
ただ、今になって単位化の課題だと思うのは、単位を取るためだけに来ている人もいるということです。何回か事前研修に入ったときに、学生が「こういうことを言えば評価が上がるんだろうな」と発言をするのを聞いたのです。
――単位化されたら当然、評価軸はあるでしょうから、それを学生が気にし始めたということですね。
吉川さん ケーススタディをしながら、「こんな場合、あなたはどうしますか?」と尋ねると、「どう言えば評価してくれるんですか?」と答えた学生がいたんです。授業としてはうまく回っているのですが、「成長したくて取り組む、その結果が単位」ということでなく、「ただ単に単位が欲しい」という人には気づきがないんじゃないかと思ってしまって。
――ただし、チームビルディングのファシリテーター養成プログラムでは、知識や正解を教えて、覚えるような内容にはなっていませんからね。確かに教科である以上、評価はつきものですが、「成績を上げるための発言」を考えているとすると、少々寂しいですね。
吉川さん 今の私は教学運営室のIR担当としてデータで評価する側になっていますが、最近のある研究報告として「勉強ができて、友達と遊ぶより読書が好きで、クラブに入っていない学生は、就職活動に苦労する」という話を聞きました。そういう子たちはGPAは高得点で、国家試験など資格系には合格するので、学校の先生からすれば「優秀だ」という評価になるのですが、就職には結びつきにくいそうです。実際本学でもGPAと就職には相関が薄そうだという傾向が見えています。
ハイスペックの大学から官僚になると、狭いコミュニティでの話しかできないので、そういう人ばかりが中枢にいると社会は混沌としてくるという話を聞いたことがありますが、「国家試験には合格する学生」と相通じるものを感じます。授業でもアクティブラーニングといいながら、結局それは教員から与えられたもので、点数だけ高いところを目指そうとする学生は、それに合わせるのがうまいんです。評価する側からのウケは良いけれど、本当に内省的な促しがあるのかといえば疑問が残ります。授業として軌道に乗ってはいるものの、果たしてこれでいいのかとか、もっといろんな人が関わって評価を表すことも大事なのではないかと考えているところです。大学というのは社会に出る前の最後の砦なので、そういう矜恃を持って仕事をしたいですし、学生が研鑽を積むうえでもファシリテーターのプログラムは重要だと思っています。
※肩書・掲載内容は取材当時(2021年8月)のものです。
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